メディアウオッチングBACK NUMBER
徹底と柔軟、情熱と計略。
謎めいた巨匠の核心に触れる。
~『ファーガソンの薫陶』を読む~
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySports Graphic Number
posted2012/10/24 06:00
『ファーガソンの薫陶 勝利をもぎ取るための名将の心がまえ』 田邊雅之著 幻冬舎 1300円+税
怒鳴り散らし、クビをきり、床のスパイクを蹴り上げ、言葉の挑発と心理ゲームを仕掛けて、罵倒の熱風をこれでもかと浴びせる。
なのにアレックス・ファーガソンは「いい人」とされる。マンチェスター・ユナイテッドを率いて、なんと26年、ベルリンの壁もソビエト連邦もあったころからその地位は揺るがず、70歳のいまもグラウンドに仁王立ちしている。
なぜ?
ページを繰れば、そこに「なるほど」と「やっぱり」と「そうだったのか」は系統立てて記されている。
一流の監督とは、しばしば、凡人にとっての「矛と盾」をひとつのものとして体内に収める。徹底と柔軟、情熱と計略の「きわ」に勝負の核心は隠れる。サー・アレックスもまたそうなのだ。繊細なる激情家。純真な策士。沸騰しながら冷却を進める。だから強い。
「ファーガソンほど謎めいた人間はいない」。英語堪能にして欧州の社会や政治にも詳しく、なにより、サッカー取材の経験豊富な著者は「まえがき」でさっそく断じている。エピソードとストーリーの数々は、つまり、すべてが「謎めいた人間」の大切な断面だ。在マンチェスターのベテラン記者たちとの深い交流が、細部に輪郭と裏づけを与えており、ありがちな「どこかで聞いてきたような話」の難を遠ざけた。
一見すると啓蒙書めいた体裁に仕掛けられた、ちょっとしたワナ。
ファーガソンはユナイテッド監督就任後に指示した。
「結果も出していないのに、いいホテルに泊まる必要はない」
携帯電話普及よりはるかに前、選手たちがロビーの電話を占拠することも許さなかった。
実は、以上の逸話の章には「ムダを徹底排除せよ」の見出しが添えられている。ちなみに、その前の章は「自制が効かない選手はいらない」。他にも「冠婚葬祭には必ず顔を出せ」や「自分を批判している人間にこそ会いに行け」といった項が並ぶ。
そう。この赤い表紙の一冊は、昨今の出版界の流れに沿って、一見、啓蒙書めいた体裁をとっている。
ちょっとしたワナだ。