メディアウオッチングBACK NUMBER
徹底と柔軟、情熱と計略。
謎めいた巨匠の核心に触れる。
~『ファーガソンの薫陶』を読む~
text by
藤島大Dai Fujishima
photograph bySports Graphic Number
posted2012/10/24 06:00
『ファーガソンの薫陶 勝利をもぎ取るための名将の心がまえ』 田邊雅之著 幻冬舎 1300円+税
あらかじめの正解より、闘将の発する迫力と生命力。
だってアレックス・ファーガソンなのだ。読む者に「あらかじめの正解」を与えるビジネス書的世界とは、最も離れた場所に生きている。
もちろん著者にはわかっている。ファーガソンの言動を、インスタントな成功の手引きに用いるのは無理である。そもそも真剣勝負の渦中では既存の解はそのままでは通用しない。いくら緻密に手を打っても、相手にメッシがいたらそれで負けるかもしれないのだ。
読み進むと事実そのものの迫力にどんどん惹きつけられる。ファーガソンの発する生命力が、章立ての工夫をあっけなく溶かしてしまう。書き手は、そのことを静かに喜んでいたに違いない。
愛するロイ・キーンが、メディアでチーム内批判を行なうとあっさり追放した。ディエゴ・フォルランが「長いスタッズ(スパイクの歯)のブーツを使え!」との命令に背き、足を滑らせて負けたら、それがウルグアイの有能なストライカーの最後の試合となった。
ファーガソンより大きな選手はいらない、という唯一の「絶対」。
マンチェスター・ユナイテッドよりも大きな存在などありえぬ。すなわちファーガソンより大きな選手はいらない。この一点にのみ「絶対」があって、あとはそのつどの勝利に邁進する。昨日の真理は今日の錯誤かもしれない。
妥協なしに権力の保持はできない。アレックス・ファーガソンは譲歩の仕方を熟知する。その分だけ憤怒と慈悲の按配も心得ている。「いい人」の理由だろう。これほどの人物が、香川真司の肩に手を回した。本書の価値を高める出来事だ。