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天才・前田智徳が帰ってきた!
その“一射絶命”の精神が広島を救う。 

text by

氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byTamon Matsuzono

posted2010/05/26 12:35

天才・前田智徳が帰ってきた!その“一射絶命”の精神が広島を救う。<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

野村謙二郎新監督の下で蘇ったDH前田智徳。

 前田智への風向きが変わり始めたのは、野村謙二郎新監督が就任してからだ。古き良き伝統を復活させた新指揮官の方針は、前田智に一つのポジションを与えた。代打としての出場機会が用意されたのだ。

 3月12日オープン戦の対阪神戦。前田智は復活の狼煙を上げる。2点リードの展開で、いかにも試されるかのように代打に送られた前田智はその初球をスタンドへ放り込んだ。

 彼らしく、バットをボールに軽く合わせただけの柔らかなバッティング。実に、1年10カ月ぶりの本塁打だった。

 試合後、前田智はほとんど口を開かなかった。

 かすかに漏らしたのは「僕がコメントできる立場じゃない」という素っ気なくも厳粛な言葉だったのだが、こうした姿勢も前田智らしくていい。

 この時、野村監督は前田智の一打への集中力の凄味をこう表現した。

「1球で仕留めるのがさすが。これでチームは盛り上がる」

 まさに、「一射絶命」の世界である。一振りに全身全霊を懸ける姿こそ、前田智の姿ではないだろうか。全盛期にはホームランを放ったにも関わらず、納得がいかないスイングに首をかしげながらダイヤモンドを回ったほど誇り高い男である。目先の結果にとらわれず、理想のバッティングを追い求める前田智の姿勢は、それこそ、侍のような世界観を持っている。

 一打への集中力、ココ一番の勝負強さ。過度に喜びを表現しないクールさと野球への実直な取り組み、自分を律する厳しい姿勢。晩年の今になっても、広島ファンだけでなく多くのファンからカリスマ的に支持される理由はそこにある。

両足の状態は良くないが、代打としての準備だけは万端。

 今季、前田智は開幕から一軍入りを果たしている。

 4月16日の対中日戦では、16年ぶりとなるサヨナラヒットを放った。カウント2-0と追い込まれながら、セ・リーグ随一のセットアッパー・浅尾拓也のパームボールを中前へとはじき返した。技ありの一打だった。

 冒頭のオリックス戦の後も、前田智のバットは火を吹き続けている。

 21日のソフトバンク戦では、勝ち頭・前田健太をラクにさせる追加の2点本塁打を放った。25日の西武戦では敗れはしたが、1-8から猛追する中、前田智は1点差に迫る2点適時打で勝負強い打撃を見せている。

 野村監督は起用が当たった前田智の最近の活躍をこう語っている。

「足が良くないという状態ではありますけど、ずっと代打という中で準備だけは怠らない姿勢はさすがの一言。みなさんもご存じだと思いますが、試合前はバッティング練習もして、しっかりノックも受けている。こういうときのために、準備を怠らない姿勢は見事だった。それがつながっている」

 2点本塁打の翌日、スポーツ紙には前田智のコメントがこう掲載されていた。

「一打席目に打たないといけなかった」

 “一射絶命”の精神が、前田智の中には潜んでいる。

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