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<6人の証言者が語る> 竹下佳江とJTマーヴェラス 「10年の軌跡」
text by
吉井妙子Taeko Yoshii
photograph byMami Yamada/Michi Ishijima/Nanae Suzuki
posted2012/07/06 06:00
「彼女の能力の高さは想像以上だった」(一柳)
もちろん、復帰するにしても不安がないわけではなかった。負ければまた身長のことを言われる。そういう人を拒絶してしまう自分を見るのも嫌だった。しかしチームに合流すると、そんな杞憂はすぐに吹っ飛ぶ。あれこれ考える間もなく、一柳のセッター練習が待ち構えていたからだ。現在、IPU・環太平洋大学の女子バレー部監督を務める一柳は、あの頃は本当に楽しかったと目を細める。
「彼女の能力の高さは知っていたけど、想像以上だった。絶対に上げられないという箇所にボールを落としても、彼女は必ず拾う。トスを上げるには、まずボールの下に素早く入りこまなければならないけど、彼女はネット際から後ろのコートサイドまで走っていき、トスを上げる。転びながらでも上げるんです。そんな場所でも拾うのかと、つい僕も楽しくなっちゃって、徐々に遠くに投げ、しまいにはコートの3分の2は(オーバーで)カバーできるようになった。こんな練習をしながら、めったにいない選手と気がついたんです」
そのうち、めったにいない選手どころか、これだけのトスワークができる選手は歴代女子では初めてという確信を持ったと言う。
“アタッカーにとってストレスがない”竹下のトスとは?
「簡単に言うなら、糸を引くようなトスを上げられる選手。普通のセッターはトスを上げるとき、腰を曲げてボールの下に滑り込む。つまりボールの下に腰がある。これが基本なんです。ところが竹下はボールに触った瞬間、もう腰が入っている。あるいは床から1メートルしか上がっていないボールでも、バックステップを踏みながら入って行くことができる。普通の選手がこんなことをやったら、腰を痛めたり頭を打つのがオチ。しかし、彼女に限ってそんなシーンを見たことがない」
ボール下に速く入り込めれば、ゆとりを持ってアタッカーの動きを観察でき、全身を使ったハンドリングができる。出だしからアタッカーの打つ地点まで、空気抵抗を巧みに計算し一定のスピードに保たれていることが、糸を引くようなトスになると一柳は言った。
糸を引くようなトスの恩恵に与っているのは、アタッカー陣だ。竹下より1歳上で1年早くJT入りした谷口雅美が言う。
「テンのトスは、アタッカーにとってストレスがないんです。助走のタイミングがずれたと思っても、そのズレに合わせたトスを上げてくれるし、打つポイントが幾つも用意されているから、アタッカーには楽しいと思う」