Sports Graphic NumberBACK NUMBER

<リーディングジョッキーが語る> 福永祐一 「鞍上鞍下の意思疎通」 

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

PROFILE

photograph byKei Taniguchi

posted2012/01/20 06:00

<リーディングジョッキーが語る> 福永祐一 「鞍上鞍下の意思疎通」<Number Web> photograph by Kei Taniguchi

「高過ぎる注目に技量が全く追いついていなかった」

 確かに、福永のここ2年間の成績を見ると、2010年は関西所属騎手最多の109勝を挙げ、そして昨年はそれをさらに上回る133勝をマークしている。

「GI勝ちの数で言えば1年間に何勝もしてた年('05年にラインクラフト、シーザリオなどで6勝)もありましたが、あのときより今のほうが騎手としての技量は圧倒的に上です」

 福永祐一といえば、初騎乗から2連勝を記録し、順当に新人賞も受賞したエリートだ。しかし本人は、「高過ぎる注目度に技量がまったく追いついてなくて、ずっと苦しかった」と、決して平坦ではなかった道のりを振り返る。

結果より中身を優先して考えるようになったのはデビューから10年後。

1976年12月9日、滋賀県生まれ。父は天才騎手の福永洋一。昨年、133勝を挙げ、史上初の親子2代リーディングジョッキーとなった

「デビュー戦から2連勝したとはいっても、それは競馬がそういうスポーツだからなんです。走るのはあくまでも馬なので、騎手の技量が未熟であっても、馬の力に開きがあれば勝ってしまう。接戦にさえならないものなんです。あの2連勝は、マスコミには派手に扱ってもらえましたが、先輩騎手たちからは冷めた目で見られていたと思う。いまの僕から見れば恥ずかしいぐらい下手でしたし、それがわかっていない当時でも、周囲からそういう目で見られているのは痛いぐらい感じていたんです。でも、なにせ親父のおかげで注目度だけはメチャメチャ高くて、まずは『とにかく勝たないと』という思いがあった。技術を磨いている余裕はありませんでした。

 結果より中身を優先して考えられる、もっとカッコよく言えば自分の騎乗技術、馬とのコミュニケーション能力を高める方向にシフトチェンジできていったのは、30歳を過ぎてからです。この仕事を始めて10年も経ってからですから、ようやくという感じですよね。それからはいろんなことを試したんですが、そのうちに『ああ、ここなんだな』というポイントがわかってきた。いまは、ジョワドヴィーヴル('11年の福永に唯一のGI勝利をもたらした現3歳牝馬)みたいなすごい馬と巡り合ったときでも変に緊張することはなくなっています。やるべきことはわかっているし、普通にレースができる自分が想像できるんです」

 そんな福永が重視しているのが、レース前の馬とのコミュニケーションの時間だ。

「馬と会話はできないんだから、何を考えているかはわからない。だからこそ、『こうだろうな』と思いやる気持ちが大事」――そう話す福永は、馬主、調教師との人間同士のコミュニケーションにおいても、並みならぬものを持っていた。16年間の騎手生活で培ったその類稀なコミュニケーション術とは?
つづきは、雑誌「Number」795号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
心をつかむ対話術。~最強アスリートが明かすコミュニケーションの極意~
コメントする・見る

関連コラム

BACK 1 2
福永祐一
ジョワドヴィーヴル

競馬の前後のコラム

ページトップ