野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
「オレには野球しかない!!」
古木克明、球界再挑戦の真相を告白。
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byKatsuaki Furuki
posted2011/10/13 12:15
千葉県・君津にある市民球団「かずさマジック」の下で練習に励む古木克明。かずさマジックは、新日鐵君津硬式野球部の流れを継ぐ名門社会人チームである
“死ぬかもしれない”というオロゴン戦での異常な恐怖。
「格闘家を引退したことには大きく2つ理由があります。ひとつは大晦日のオロゴン戦で感じた“死ぬかもしれない”という恐怖に耐え切れなかったこと。格闘家になる時に妻には猛烈な反対を受けたのですが、その妻と子供を残して、自分の勝手で死ぬことはできなかった。そしてもうひとつは、やっぱり野球でした」
大晦日の試合で見せた死をも恐れぬ無謀な前進は、やはり精神の限界を超えていたということか。しかし、今回の野球復帰も総合2戦目が終わった直後に、相談もせずSMASHを退団して突然給料がゼロになり、「計画性がない」と奥さんに怒られるという無謀な前進をしている。そこまでして野球をやることに飢えていたということだろうが、野球界からの引退を発表したときに「もう野球には未練はない」と言いきっていた、あれは何だったのか。
「あの時は本当に未練はなかったんですよ。野球が嫌いになっていたし、自分を見失っていたのが本当です。思い残すことのないようにトライアウトも2回目を受けましたから未練は残していませんでした。ただ、格闘技をはじめても野球のことばかりを考えているんです。トレーニングをしても、『この動きは野球に使えるな』、『この考え方は野球に応用できる』なんてことを考えて、ワクワクしている自分がいました。それで気づかされたんです。“俺は野球なんだ”って」
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知っていた。そんなことは100人中99人が知っていた。ただ、気づいていない最後の一人が古木だったという現実が、なんともはや、やり切れない。しかし、古木は気がついた。人よりちょっと時間が掛かってしまったが、それでも気がついてくれた。
男気溢れる牛島監督からウインナーを取ってしまった男。
「結局、プライドが邪魔していたということもあったと思います。野球界から『いらない』と言われた時は、見返してやるという思いが強かったですしね。ただ、グラウンドから離れて、社会でいろんな人と出会い様々な経験をさせてもらううちに、野球界の中だけでしか物事を考えられなかった自分が、どれだけ小さくて惨めな存在か思い知りました。
僕の実力がないことが悪いのに、ファンの方からの野次に落ち込んで、スタメン落ちしたら首脳陣にも反発して……そんなこと、世間から見れば幸せなことじゃないですか。それなのに僕は気がつかなかった。
牛島監督だって、僕はずっと嫌われていたと思っていましたけど、今考えてみると、本当に僕のことを考えてくれていた。男気があって思いやりがあって……そういう人にも僕は自分の実力不足を棚に上げて反発していたんです。ウインナーまで取っちゃいましたし」
ウインナー……?