“古木あーっと”でいまだに語り継がれる伝説。

　古木の数多ある逸話のひとつ。

　昼飯時に牛島監督としらずに後ろからウインナーを強奪してしまったという珍プレー。かつては笑い物にされ、忌むべきはずの類にあったそれらの話を自ら語りはじめるとは、一体どんな心境の変化があったのか。

「“古木あーっと”（※'03年に奇想天外なエラーをした時の実況。この言葉が珍プレーの代名詞となっている）ですよね。今でも野球ファンの方がそういう風に話題にしてくれることは本当に有難いことですよ。ネタにされたり、悪く言われて、たまには落ち込むこともありますけど、それも僕を知ってくれているということ。無関心の人は“古木あーっと”なんて言いませんからね。

　僕は過去にスタジアムでファンの方にさんざん、罵詈雑言を浴びせられたし、後ろからモノを投げられもしました。でも、本当に好きだからあそこまで熱くなるんだということを知らなかった。

　格闘家になってからスタジアムによく行ったのですが、最近行った試合でも細山田がホームランを打ったら、全然知らないお客さんが、自分のことのように喜んで『古木さんも飲め飲め』ってすごいテンションでビールをおごってくれて。僕はこういう人たちに応援してもらっていたんです。そういう現役時代に気付かなかったこと、自分がいかに勝手だったかということがどんどん見えてきて……」

　遅いっ。

　そう叫びたくてたまらない。でも気づいたのだ。

「バカだと笑われようと、もう野球から逃げたくない」

　しかし、古木ファンは納得しても世間はそうは見てくれない。

「野球に未練はない」と大見得を切って格闘界へ行き、また「プロ野球をやりたい」と戻ってくるなんて、「ナメてる」と言われてもしょうがない。現役時代同様、また外野の声にやりこめられて心が折れてしまうのではないだろうか。

「格闘家に転向する時も、散々バカにされましたからね。今回も言われることはわかっています。でも……チャレンジできるのにそれを恐れて何も行動しないのは、後で絶対に後悔すると思うんです。SMASHの酒井正和代表は『もう一度野球をやればいいじゃないか。トライアウトを受けなさい』と送り出してくれました。師匠の小路晃さんは、自分の生活も省みないほどに僕を応援してくれています。奥さん、娘、親父、お母さん。その他にも、こんな僕を支えてくれる人が、プロ野球の世界でもう一度ホームランを打つ姿を見たいと応援してくれている人がいたんです。だから、誰に何を言われようと、バカだと笑われようと、もう野球から逃げたくない。

　ただ、あのままずっと野球をやっていたらこんなことは思わなかったでしょうね。今思えば、首を切られるのは当たり前だったんです。辞めた時だって正直、『俺は4番を打ったのに、社会人や独立でやるぐらいなら辞めてやる』って思っていました。でも、今かずさで練習させてもらって、若い子たちがすげえ頑張っているのを目の当たりにして……あの時の僕は知ったかぶりをして、この子たちをそういう目でしか見ていなかった。それが本当に情けない。

　だから野球を一度辞めて本当によかったと思えるんです。迷って失敗して、疑って、一番大事なものを失くして。それがあって今の自分にたどり着けた。すべて無駄じゃなかったんです。野球に対しての向き合い方がこんなに変わるとは思いませんでしたからね。もちろん、このチャレンジが難しいことであることはわかっていますよ。でも、今はプロの世界でホームランを打つこと以外は何も考えていません。だって守備はヘタクソですから（笑）」

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