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<特別インタビュー> 鈴木隆行 「5カ国10クラブを渡り歩く男の哲学。」 

text by

佐藤岳

佐藤岳Gaku Sato

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photograph byTakashi Iga

posted2011/07/29 06:00

<特別インタビュー> 鈴木隆行 「5カ国10クラブを渡り歩く男の哲学。」<Number Web> photograph by Takashi Iga

「だってチャンピオンズリーグも出てるんだよ!」

 そんな経緯で、鈴木は今、ピッチ上で35歳の肉体に鞭打っている。自分からアマチュア契約を強く希望したため、条件は無給だ。戦力となれるかは分からないが、水戸の一員として少しでも地元を元気づけたい。そう思いながら、日々、ボールを追い続けている。

 水戸に入団する前まで実に15回の移籍を経験し、国内4クラブ、海外4カ国5クラブを渡り歩いた。さながら流浪の侍は、世界でも稀に見る経歴の持ち主である。自身、一度は引退まで決意したそのプロ人生に悔いはない。

2002年11月、ウェステルロー戦でピッチに入場する鈴木(ゲンク/ベルギー1部リーグ)

「W杯も出たし、チャンピオンズリーグにも出た。俺が思うに、自分の実力と比較して、そんなことできちゃったこと自体が奇跡的だし、逆にあと何すんのっていう話にもなるでしょ。だってチャンピオンズリーグも出てるんだよ! もう十分。ホントありがとうございますって頭下げるよ」

 決して自身を過小評価しているわけではない。日立工高時代は1年から国体で活躍し、2年になると鹿島に声をかけられた。3年で中田英寿らとともにカテゴリー別の代表にも選ばれている。だが、それでもプロ入りすると周囲のレベルの高さに愕然とした。とにかく、止める、蹴るの基本技術ですら差がありすぎ、練習にもついていけないのだ。振り返れば、それまでまともにサッカーを習ったことがなかった。高校では監督から任され自分で練習メニューを組み立てていたくらいである。

「谷に突き落とされても、登っていく自信だけはあった」

「プロに入ってすぐ、普通にやってたら、この差は埋まらないなと思った。自分がクビになるまでの間に、何か劇的に変えられるような、一発逆転的なものがほしいって。それがどんなにきつかろうが、苦しかろうが、もう劇薬だろうが関係ないと。そこを乗り越えられるくらいの気力はあると思ってたし、それだけは自信があったから。谷に突き落とされても、登っていく自信だけは」

 その時期まで頼みの綱は精神的なタフさだけだった。一度決めたことはやり通せる。その感覚は不思議と昔から備わっていた。

「苦労を積み重ねて、それが最後に出るという感覚でいたからね。それを積み重ねられないヤツや途中で諦めたヤツは成功する権利を持てないと思ってたから。小さいころから、世の中ってそういうふうにできてるもんだって思ってたし、絶対に自分は心を折らさずに積み重ねて、そのいつくるか分からないところまでがんばっていくんだと」

 だから、いつ何時も努力だけは惜しまなかった。中学時代には深夜0時からのランニングを続けたこともある。プロ入り後、いきなり壁にぶち当たったときも、まず欲したのは成功の糧となる「苦労」であり、導き出した答えが、プロ3年目のブラジル行きだった。

【次ページ】 不毛な日々に何度も挫折しかけたブラジル生活。

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