MLB Column from USABACK NUMBER
A−ロッド ヤンキース退団説 アレックス・ロドリゲス
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byAFLO
posted2007/02/22 00:00
「今季終了後、アレックス・ロドリゲスがヤンキースを退団する」という説が唱えられている。A−ロッドが6年前にレンジャースと結んだ契約の中に、「7年経った時点で選手側に契約を破棄する権利が生じる」という「エスケープ」条項があることが、この退団説の根拠となっているのだが、読者は、「史上最高額年俸が保証されている選手がなぜ契約を3年も残して破棄するのだ」と疑問に思われるのではないだろうか?
実は、「破棄した方が得になる」という損得勘定が成り立つからこそ、退団の噂が根強く囁かれているのだが、まず、この辺りの「算術」から説明しよう。現行の契約によると、A−ロッドが2008−10年の3年間で受け取ることが「保証」されている年俸総額は8100万ドルである。今オフ、FA年俸は高騰化したが、たとえA−ロッドほどの選手をしても、現時点で単年度2700万ドルを上回る年俸を得ることは難しいといわれている(7年前にレンジャースがA−ロッドと結んだ史上最高額契約は、それほど「常識外れ」だったのである)。しかし、かりに単年度2000万ドルで期間7年の新契約を結ぶことに成功した場合、総額は1億4000万ドル、現在の契約を破棄しなかった場合と比べ、「保証」される収入は5900万ドルも増えるのである。現行の契約が満了する2010年の時点で、A−ロッドは35歳になるが、それまでに大怪我をしたり、成績が大きく落ち込んだりする可能性がまったくないわけではないし、35歳の選手が長期巨額契約をオファーされる可能性は著しく低い。A−ロッドにとって、「エスケープ」条項を発動するメリットは大きいのである。
しかも、今オフ、A−ロッドと同年齢(31歳)のアルフォンソ・ソリアノが、期間8年・総額1億3600万ドルの契約を結んだばかりだ。A−ロッドの実績はソリアノのそれをはるかに上回るだけに、今季終了時点でソリアノ以上の額の契約を結ぶことができる可能性は極めて高いのである。
さらに考えなければならないのは、A−ロッドのエージェントが、スコット・ボラスであることだ。「辣腕」として知られるボラスが、これほど明瞭な収入増のチャンスを黙って見逃すとは考えにくいし、実際、やはりボラスが代理人を務めるJ・D・ドルーは、「エスケープ」条項を利用して、期間3年・総額3300万ドルが残っていたドジャースとの契約を破棄、レッドソックスと5年・7000万ドルの契約を結んだばかりだ。今季終了時、A−ロッドとボラスが「エスケープ」条項を発動する可能性がないとは、間違っても言い切ることができないのである。
一方、ヤンキースは、現在、A−ロッドの年俸を全額払っているわけではない。3年前のトレード時の取り決めで、レンジャースが毎年900万ドルを負担することになっているからだが、ヤンキースにしてみれば現在毎年900万ドルの「ディスカウント」が付いている契約を破棄してまで新たな契約を結ぶことは間尺にあわない。というわけで、ボラスとA−ロッドが収入増を図る場合、ヤンキースを退団するのが一番手っ取り早いのである(もっとも、現在の契約を残したまま、ヤンキースと2011年以降の新契約を結ぶという「奇策」がないわけではないが…)。
さらに、金銭以外の部分でも、A−ロッドにとってヤンキースをやめることのメリットは多い。たとえば、ジーターに遠慮したがために、ここ3年間、不慣れな三塁の守備で苦しんできたが、新しいチームに移れば古巣のショートに戻ることは簡単である。さらに、「肝心な場面で打てない」と、A−ロッドはヤンキース・ファンから激しいブーイングを浴びてきたが、ニューヨークを離れればファンからのプレッシャーやブーイングからも解放され、のびのびとプレーすることも可能となる。
A−ロッドが「エスケープ」条項を発動するかどうか、現時点では誰にも断言することはできないが、発動してヤンキースを退団した場合、A−ロッドがヤンキースタジアムで浴びるブーイングが、今より一層激しくなることだけは間違いないだろう。