MLB Column from USABACK NUMBER
「カート・シリング ソックス血染めの快投は嘘」騒動
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byREUTERS/AFLO
posted2007/05/07 00:00
2004年、レッドソックスは86年ぶりのワールドシリーズ優勝を成し遂げたが、その最大の功労者がカート・シリングだった。右足首の怪我を押してマウンドに上がり、靴下を血で染めながらの快投で優勝に貢献したことは、読者もよく覚えておられるだろう。
4月25日、この「ソックス血染めの快投」について、「あれは嘘だった」とテレビ放送で「暴露」するアナウンサーが現れ、大騒ぎとなった。この日、シリングは対オリオールズ第1戦に先発したが、テレビ中継を担当していたアナウンサー、ゲリー・ソーンが、「ソックスが赤く染まっていたのは、(マーカーか何かで)色をつけていたから。血ではなかったと(レッドソックス控え捕手の)ダグ・ミラベリが白状した」と、衝撃の「事実」を暴露したのである。この試合、シリングは7回を1失点に抑える好投でチームの連敗を2で止めたが、試合後、その投球よりも、実況アナウンサーの「爆弾」発言がトップニュースとなってしまったのだった。
ここで、04年の「ソックス血染めの快投」の事実関係を振り返るが、シリングの怪我は右足首の腱断裂、投球など不可能であっただけでなく、「常識的」な治療を考えるならば、速やかに完治手術を実施して、何ヶ月もかかると予想される術後のリハビリを、一刻も早く始めるべき状況だった。しかし、皮膚を縮合することで断裂した腱を固定、一時的に投球を可能とする術式を考えついたのが、当時レッドソックスのチーム・ドクターだったビル・モーガン医師だった。それまで誰も施行したことのない手術の実施に当たり、モーガンは、解剖用の遺体を使って「予行演習」、手術が実行可能であることを確認した。
しかし、まったく前例のない手術であっただけでなく、患者は、術後「安静」にしているのではなく、マウンドに上がって全力投球をしなければならないのだから、外科医としてこれほど厳しい「ハンディキャップ」がついた手術もなかった。モーガンは、医師としての当然の務めに従い、「下手をすれば再起不能となりかねない」と、手術の危険性を説明した。これに対し、シリングは、「危険は承知。でも投げられる可能性があるのなら」と、手術に踏み切ることに同意したのだった。
結果的に、モーガンとシリングの大ばくちは成功、「ソックス血染めの快投」は、すぐさま、大リーグ史に残る「伝説」となった。しかし、伝説化するのも早かったが、新伝説に「ケチ」がつけられるのにも時間はかからなかった。04年のワールドシリーズ第2戦でシリングがチームに2勝目をもたらした翌日、『バルチモア・サン』紙のコラムニスト、ローラ・ベクシーが、「ソックスの血は本物か?」と疑義を呈するコラムを執筆したのである。とはいっても、疑惑を支持する証拠・証言があったわけではなく、「シリングは目立ちたがりの性格の持ち主だからそういうことをしてもおかしくない」というだけの論拠で書かれた憶測コラムだった。
今回、試合実況中に「暴露」発言に及んだソーンは、ボビー・バレンタインがメッツの監督をしていた頃「これほど選手から嫌われている監督もいない」と放送中に腐して物議をかもすなど、問題発言は今回が初めてではない。ソーンは、「暴露」発言の翌日、「ミラベリは『血染めのソックスは大変な宣伝効果があった』と言っただけだったのに、『宣伝目的でソックスに色を付けた』と誇大に解釈して、事実と違うことを言ってしまった」と謝罪、「おっちょこちょい」からの発言だったことを認めて一件落着となった(アナウンサーになる前はメイン州で地方検事をしていたというが、検事時代も「おっちょこちょい」をしていたとすれば恐い話である)。
しかし、謝罪されたとはいっても、ベクシーの憶測コラムに続いて、今回のソーンの誇大解釈発言と、一度ならず二度までもあらぬ疑惑をかけられたのだから、シリングが激怒したのも無理はない。「靴下についた血が偽物だと証明できる人がいれば、その人が指定するチャリティーに100万ドルを寄付する。逆に、もし、証明できないのであれば、私が指定するチャリティーに100万ドル寄付せよ」と、今後、疑惑と騒ぎ立てる場合は100万ドルの「賭け」に応じるよう、自身のブログで挑戦したのだった。
一方、04年の優勝チームでシリングのチームメートだったケビン・ミラー(昨季からオリオールズに在籍)は、「ソックスの血は100%本物」と記者団に宣言、シリングの潔白を保証した。さらに、ミラーは、記者団を前に謝罪するソーンを尻目に、自身のソックスの足首をマーカーで赤く塗って打撃練習に臨み、その「おっちょこちょい」発言を茶化したのだった。