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衝撃・秘伝書事件の“その後”。 

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丸井乙生

丸井乙生Itsuki Marui

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photograph byItsuki Marui

posted2006/06/05 00:00

衝撃・秘伝書事件の“その後”。<Number Web> photograph by Itsuki Marui

 本州の最果て、青森県。青森湾へ遠慮がちに突き出た夏泊半島を海沿いに駆け抜けていくと、そこに達人の館があった。うっそうと茂った森の中でも、インドの山奥でもない。爽やかな松林の中に、木造の道場が建っている。青い空、白い雲、海から徒歩20秒。秘伝書を持つ達人は、キャンプ場として最高の立地に住んでいた。

 秘伝書事件を復習してみよう。今年4月4日夜、シンガポール人一行が世界遺産・白神山地で遭難しているところを青森県警弘前署に保護された。亡くなった空手家の父の遺言で「北の果てにいる達人に秘伝書を譲ってもらう」ため、わざわざ来日していたことが明らかになった。暇だった、いや心優しい青森県民が立ち上がった結果、北拳派中国空拳法道の最高師範である福田祥圓氏に白羽の矢。無事対面を果たしたが、シンガポール人一行は「やっぱ違った」とのたまって青森を後にしている。いずれにしても、福田氏が現代社会では絶滅に瀕している秘伝書を持っているという事実の方が世間に衝撃を与えた。

 シンガポール人一行の帰国後、さらに立ち上がったのがプロレス界きっての覆面問題児「ケンドー・カシン」だった。青森県出身のカシンは秘伝書事件を聞きつけると「青森県に生まれて良かった」と感動。福田氏がマスコミに公開することを頑なに拒んだ秘伝書の伝授を求め、青森県民の青森県民による青森県民のための弟子入りを敢行した。

 小柄ながらもガッチリした体に柔和な笑顔を乗せ、津軽訛りの61歳。福田氏は、覆面レスラーによる突然の訪問を快く受け入れてくれた。心が広い。達人を前にカシンは礼儀正しく挨拶したが、真の目的はただ一つ。修行ではなく、秘伝書強奪だった。自己紹介しつつチャンスを伺っていたら、福田氏が「きょう、私は秘伝書を見せます」とあっさり宣言。「世間様にこれだけ迷惑をかけた秘伝書だから、もういいべ。うちの奥さんにも“本当はなんも書いてないんじゃないの”と疑われてるから」。弟子入りして3分、目的の大半は達せられた。

 北拳派中国空拳法道。世界各国に約4万人の弟子がおり、福田氏はその最高峰に君臨しているという。本人の証言によると、福田氏は青森・蟹田町に生まれて中学卒業と同時に武道修行のため、さすらいの旅に出た。日本国内を渡り歩いて武術修行に励み、戦後当時は米国統治下に置かれた奄美大島へ豪快に海から密入国。せっかく密入国したのに、「警備兵が手招きしたから」と嘉手納基地に侵入したところで御用となった。罰金刑で釈放された後は台湾へ渡り、今度はマカオ経由で中国・福建省へ不法入国。達人の辞書にパスポートの文字はない。そして、「牛殺し」なみの修行を積む。(1)道場に巨大な油紙を敷き、油をたらした上で稽古する(2)川に流した丸太に立って型を行う(3)気功で飛ぶ鳥を落として焼き鳥にして食べる、などの壮絶な稽古の末、師匠から秘伝書を伝授されたという。

 そういえば、弟子入りである。カシンは独特の呼吸法を学んだ後、瓦割りを命じられた。しかし、手刀ではなく頭突きで。「先生は最高で何枚割ったことがあるのですか」「うん、46枚。はしごに登って割ったのサ」。カシンは2度の挑戦で各6枚に成功。割った後は痛いとも言わず、覆面をしたまま黙々と瓦の破片をチリ取りとほうきで掃除したあたりに、福田氏も感銘を受けたのかもしれない。

 稽古後、待望の秘伝書伝授タイムがやってきた。金庫の中に固く保管されていた巻き物が、目の前に広げられる。福田氏はすべて漢字で記された秘伝について「呼吸法は(吐く息が)山びこになるまで極めなければならない」など、かみくだいて説明。最後に、達人はカシンに「弟子入り証明書」を発行してくれた。日時、福田氏の印のほかに、一筆教えを記してくれた。「正義のなき力は無力なり」。いい言葉でしょう。極真空手の始祖である故大山倍達氏は、自伝劇画「空手バカ一代」でこう述べている。「正義なき力は無能なり」。ありがとうございました。

北拳派中国空拳法道 住み込みフリースクールを開校予定。小中高生を対象に定員20人、夏休み期間のみ、年間など期間は応相談。道場、居住地は青森県東津軽軍平内町。興味と勇気のある方は、問い合わせ先=青森県青森市長島4−20−4 中国風水学術「救心楼」 フリースクール係、電話番号は017(774)8755 担当・高森まで。

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