MLB Column from USABACK NUMBER
レッドソックス 「逆バートマン事件」の幸運
text by
李啓充Kaechoong Lee
photograph byGetty Images/AFLO
posted2007/10/22 00:00
エンゼルス相手の地区決定シリーズ、レッドソックスが3連勝でリーグ選手権へと駒を進めた。
投打とも圧倒してのスイープだったが、エンゼルスに流れが傾きかけた場面を強いて上げるとすれば、第2戦、先発の松坂が2点のリードを守れず、3点を取られて逆転された2回表以降、5回裏にレッドソックスが同点に追いつくまでの時点だったろう。
初回ピリッとしなかったエンゼルス先発ケルビム・エスコバルが2回以降立ち直り、レッドソックス打線は打ちあぐねていた。それが、5回裏、観客席のファンの「ファインプレー」のおかげで試合の流れが変わったのだった。
観客席での「美技」が飛び出たのは、5回裏1死1・3塁、打席にマニー・ラミレスが立った場面だった。1−0のカウントから1塁側に打ち上げたファウルボール、カメラマン席を超えて観客席に身を乗り出したエンゼルス捕手のジェフ・マチスが、見事に捕球したかに見えた。しかし、ここで、最前列のファンが手を一杯に伸ばしてマチスのミットの直上でこのファウルを掠め取り、ラミレスを捕邪飛アウトから救ったのだった。
ファンの好捕のおかげで2死を取られることを免れたラミレスは結局四球で出塁、続くマイク・ロウエルの犠牲フライでレッドソックスは同点に追いついた(ファンの捕球がなければ、ロウエルのフライで3アウト、この回は無得点に終わっていたはずだった)。
一方、エンゼルスにとって、1点リードではなく、同点となったことで、その後の継投策が大きく変わってしまった。たとえば、もし、1点リードだったら、9回裏の頭から、抑えのエース、K−ロッド(フランシスコ・ロドリゲス)を投入していただろうが、同点だったために、1死2塁、1打サヨナラという「苦しい」場面に追い込まれるまで、K−ロッド投入を待たなければならなかった。打者有利の場面での投入となったことが、ラミレスのサヨナラ3点本塁打を招く結果につながったのだから、5回裏のファンの美技の影響は絶大だった。野球に「もし」や「たら」が禁物ということは百も承知だが、もし、ファンの「捕球妨害」がなければ、シリーズの流れがガラっと変わっていた可能性があるのである。
ファンの捕球妨害がシリーズの流れを変えた例としては、2003年のナ・リーグ選手権シリーズ、カブス・ファン、スティーブ・バートマンの事件が有名だ。バートマンが伸ばした手が、右翼手モイセス・アルーの捕球を妨害したことがきっかけとなって、カブスは、ワールドシリーズ出場まであと5アウトと迫っていたのに逆転負けを食らってしまった事件である。
私は、週刊文春『大リーグファン養成コラム』(7月5日号)で「最前列ファンの責任」を強調したことがあるが、そのとき、「もし、敵チームの守備を妨害したのだったらば、バートマンは『くそったれ(アスホール)』と罵られるどころか、拍手喝采されていただろう」という意味のことを書いた。
今回「逆バートマン事件」を演じ、拍手喝采を浴びたファンはダニー・ビニク(17歳)だが、父親はレッドソックス・オーナー「団」の一員である。オーナーの息子を「11人目のプレーヤー」として観客席に配したことが勝因となったのだから、レッドソックスのフロントは笑いが止まらなかったのではないだろうか。