野ボール横丁BACK NUMBER
勝者も敗者もハッピーだった!?
中京大中京の優勝にみる“神の手”。
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byHideki Sugiyama
posted2009/08/25 11:30
神の見えざる手。
「神」などという仰々しい言葉を安易に使いたくはないのだが、スポーツにおいて、こと甲子園において、そんなことをよく思う。
今年の決勝戦、中京大中京と日本文理の試合も、まさにそんな神の手の存在を感じずにはいられなかった。
とても勝者の顔とは思えなかった。
怖さと、安堵と、ちょっとの喜び、と。それらの感情がない交ぜになった涙に見えた。
不本意ながらも劇的な決勝戦を演出してしまったうちの1人、中京大中京のエース、堂林翔太は、お立ち台で絞り出すようにこう言った。
「すいませんでした……」
全国制覇を果たし、謝罪する選手を見たのは初めてのことだった。
「風が吹いて」ボールを見失い……世紀の大逆転劇へ。
「あれがなければ……って、よくあるパターンだよね」
隣にいた記者が言った。その時点ではあくまで戯れ言だった。
ただ、その冗談が、現実になりかけていた。
日本文理は9回2死から、四球と2本の長打で2点を返し、6-10。4点差に詰め寄り、なおも2死三塁と攻め立てていた。この場面で次打者の4番吉田が打った打球は平凡な三塁へのファウルフライ。万事休すかと思われた。
が、どうしたことか、その打球は、中京大中京の三塁手、河合完治の数メートル後方にポトリと落ちる。その原因がいまひとつ要領を得ない。河合が話す。
「風が吹いてて……風に流されて、見失ってしまったんです。よくわからないんですけど」
打球を見失った原因として、観客の白い服に重なったとか、ナイターの照明に入ったという話ならよく聞くが、「風が吹いてて」という話は聞いたことがなかった。
結局、9回から再登板していた堂林は、その直後、吉田に対し死球を与えてしまい降板。二番手の森本隼平が、こちらも再度、マウンドに上がる。ところがその森本も、四球と2安打を献上し、ついに9-10と1点差まで詰め寄られる。なおも2死一、三塁。世紀の大逆転劇が、目の前に迫っていた。
中京大中京・河合「神様がもう一度、チャンスをくれた」。
球場のボルテージが最高潮に達する中、8番・若林尚希の打球が快音を残した。だが、当たりはよかったものの、三塁手の正面をつくライナーに。
ライトに回っていた堂林が、「打球は見えなかったけど、(河合)完治が捕るカッコをしたので、終わったんだと思った」と話せば、ファウルフライを取り損ねていた河合はこうしみじみと振り返る。
「正直、やられるんじゃないかって思った。最後は、神様がもう一度、チャンスをくれたんだなって思いました」