MLB Column from USABACK NUMBER

外野席差別と映画『2番目のキス』の嘘 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGettyimages/AFLO

posted2006/07/25 00:00

外野席差別と映画『2番目のキス』の嘘<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 ヤンキー・スタジアムの外野席ファンは「荒い」ことで知られている。しかし、伝統あるヤンキー・スタジアムの外野席で野次将軍を務めるためには、ただ「荒い」だけでは駄目で、敵のファンまでをも笑わせてしまうユーモアあふれる内容の野次を飛ばせなければ、その大役は務まらない。

 たとえば、7月初めのメッツ=ヤンキース、サブウェイ・シリーズで目撃した野次将軍、打席に立ったジェイソン・ジアンビがメッツ・ファンから「ステロイド、ステロイド」と野次られた途端に、「ミスター・ジュース、ステロイドの力を見せつけてやれ!(『ジュース』はドーピングの意、動詞として使われることが多い)」と切り返し、敵・味方を問わず、周囲を笑わせた。その開き直りぶりがあまりに大らかだったからである。

 この野次将軍、快調に周囲のファンを笑わせ続けたが、警備の警官をからかったのが運の尽き、2回途中で球場からつまみ出されてしまった。本人、「2回途中で放り出されるのは新記録だ」と嘆いていたから、つまみ出されるのは初めてではなかったようである。

 このように、ヤンキー・スタジアムの外野席には、「警官につまみ出されるのは慣れっこ」という強者(つわもの)のファンが陣取るのだが、彼らは、伝統的に「ブリーチャー・クリーチャー(Bleacher Creature『外野人』)」と呼ばれ、特別扱いされてきた。この、ブリーチャー・クリーチャー達、「俺たちこそ本物のヤンキース・ファン」という気位も高いが、「貧乏人だからと外野席のファンを差別しやがって」と、オーナーも含めたヤンキース・フロント、そして、ボックス席など値段の高い席に座る金持ちのファンに対する敵愾心が強いことでも知られている。

 ブリーチャー・クリーチャー達が憤るのももっともで、ヤンキー・スタジアムの外野席ファンは、以下に列挙するような、あからさまな差別をいくつも堪え忍んでいるのである。

 1)「野蛮な外野人を、他の上品な客と混ぜるわけにはいかない」ということなのだろう、外野席は他のセクションから完全に隔絶され、内野席との行き来は物理的に不可能となっている。

 2)ヤンキー・スタジアムでは、入場客に、試合前に「モニュメント・パーク」(ルース、ゲーリッグなど往年の名選手を祀ったセクション。左翼外野席前方のスペースに作られている)を「参拝」する特典を与えているが、「野蛮人を入れたら聖域が汚れる」と言わんばかりに、外野席の客だけは、目の前のモニュメント・パークへの「参拝」を許されていない。

 3)「もともと荒いファンを酔っ払わせては危険」という理由から、外野席では、酒類の販売が全面禁止され、ファンは素面での観戦を強いられている。しかし、入場前に聞こし召す向きは多く、試合開始時にすっかり出来上がっているブリーチャー・クリーチャーは珍しくない。

 4)観客席を見張る警備員や警官の数は他のセクションよりもはるかに多いだけでなく、お行儀が悪い客は、すぐに「教育的指導」を受けることが決まりとなっている。「ヤンキー・スタジアムの外野席では、野球場にいながら刑務所入所を模擬体験できる」と言っても過言ではないのである。

 私は、ヤンキースが大差でリードした試合で、退屈したブリーチャー・クリーチャー達が、ボックス席の「金持ちファン」に向かって「ボックス・シーツ・サック」と野次り出した光景を目撃したことがあるが、こういった野次が飛ばされるのも、上に説明したような数々の「差別」がその背景にあるからである。もっとも、金持ちファン達もさすがニューヨーカー、「ウィーブ・ガット・ビア(俺たち、ビール飲めるもんね)」と切り返し、見事に、ブリーチャー・クリーチャー達を悔しがらせたのだった。

 ちなみに、外野席の観客が差別されたのは、ライバル、レッドソックスの本拠地、フェンウェイ・パークでも変わらず、最近ようやく日本でも公開された映画『2番目のキス』でも、「外野席の券では内野席に入れない」という設定が、ストーリーの中で重要な位置を占めていた。主演女優のドリュー・バリモアが、内野席に座る恋人に直接話さなければならないと、外野のフェンスから飛び降りてグラウンドを走り回るシーンがクライマックスとなっているのだが、実は、フェンウェイ・パークでは数年前に外野席差別が撤廃され、映画の舞台となった2004年の時点では、内野席と外野席の間は自由に行き来ができるようになっていた。というわけで、外野席から内野席に行くためにはグランドに飛び降りなければならなかったという設定は、映画の「筋」をおもしろくするために作られた「嘘」と言わなければならないのである。

 さらに言えば、グラウンド内を逃げ回るバリモアを、試合中継中のテレビ・カメラが追っかける筋になっていたが、アメリカでは、グラウンドに飛び降りたファンをテレビに映すことは絶対にあり得ないので、これも「嘘」と言わなければならない(グラウンドに降りるような「目立ちたがり」をテレビに映すのは、飛び降りた行為に褒美を与えることになるからである)。と、いろいろ「嘘」は目に付くけれども、『2番目のキス』、映画そのものは非常によくできているので、大目に見てもいいだろう。

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