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ポルトガル&チェコ ストライカー不在の戦術。
text by
西部謙司Kenji Nishibe
posted2006/07/04 00:00
サッカーがゴールの数を競うゲームである以上、優れたゴールゲッターを持つチームは有利である。
ことに今回のワールドカップは、守備戦術の優位が表れにくい大会になっている。組織的なプレッシングは、いまやどのチームにも普通の戦術になっていて、それを当たり前として育ってきた世代、プレッシングに屈せずにボールをコントロールできる選手たちが中心になっているからだ。
相手ゴール前までボールを運べないチームはほとんど存在しない。そこまで運べば、得点源を持つチームは自然と有利になる。
ただ、どの国にもアドリアーノやファンニステルローイがいるわけではない。優れたストライカーがいれば有利には違いないが、いなくてもやり方次第では勝つことができる。その意味で、ポルトガルとチェコの戦い方は非常に興味深い。
並のFWを活かすポルトガル
ポルトガルは、ストライカー不在の国の1つだ。
偉大なエウゼビオの代表得点記録を塗り替え、フランスリーグでも得点王レース常連のパウレタがいて、「ストライカー不在」は不適切かもしれないが、ではパウレタがワールドカップで絶対的なゴールゲッターかといえば少々疑問符がつくだろう。どんな状況からでもゴールできるFWではない。得点パターンもかぎられている。
とはいえ、パウレタの存在は非常に大きい。彼がレギュラーに定着する以前は、まさにストライカー不在だったからだ。
ポルトガルは中盤の人材には事欠かなかった。ルイ・コスタ、フィーゴ、ジョアン・ピントなど、素晴らしいテクニックを持ったアタッカーを輩出してワールドユースを連覇し、黄金世代と呼ばれた。
ところが、黄金世代の最大の成果はユーロ2000のベスト4のみに終わっている。いつも華麗なパスワークとドリブルで魅了したが、期待されたほどの戦績は残せなかった。黄金世代の総決算だった前回 - '02年W杯でも、グループリーグで敗退してしまう。
足技に自信のあるポルトガルは、じっくりとパスをつないで攻撃する。そのパスワークは技術の粋を尽くしたものだったが、肝心のゴールにはあまり結びつかなかった。仕掛人ばかり多くてゴール前が薄い。自らのパスワークに酔ってしまうのか、ゴールの位置を見失ったような攻め方をすることも少なくなかった。逆に、守備が手薄になったところを逆襲されて失点。上手いけれども勝ちにくい、かなり効率の悪いチームであった。
変化が起こったのは、監督にルイス・フェリペ・スコラーリが就任してから。ブラジルの豪腕監督は、勝負への執念とリアリズムを持ち込んだ。
変化の第一は、守備が強化されたことだ。リカルド・カルバーリョ、ジョルジ・アンドラーデ、フェルナンド・メイラといった頑強でスピードのあるセンターバックが台頭している。速攻の阻止と高さ対策が守備の課題だったポルトガルにとって彼らの存在は大きい。
特筆すべきは、全体の守備意識の向上だろう。パスをつなぎ、人数をかけ、ドリブルも多用して攻撃するが、ボールを奪われた瞬間に守備をしない傾向があった。あるいは、守備のリスクを考えてドリブル勝負を控え、かえって持ち味が出ないこともあった。
それが劇的に改善されたのが地元開催で準優勝したユーロ2004だった。ボールを奪われた選手が、すぐにボールに食らいつくようになった。開催国ならではの、がむしゃらなエネルギーの発露が、彼らのサッカーを大きく変えたといえる。守備への切り替えのルーズさがなくなることで、得意のドリブル勝負もとことんまでやれるようになった。
中盤の構成も以前とは変わっている。デコ、コスティーニャ、マニシェ、チアゴ、ペチートは、いずれも運動量が豊富で守備でも手を抜かない。かつてほどの華やかさはないが、伝統のテクニックも受け継がれている。
例えば、チアゴはめったにミスをしないMFだ。冒険的なプレーは少なく、安全第一、ノーエラー主義の典型である。個人としてみれば、あれだけ高い技術を持ちながら物足りないプレーぶりといえるかもしれない。だが、ポルトガルには必要なタイプなのだ。確実にボールを前線に運びさえすれば、フィーゴやクリスティアーノ・ロナウドなどドリブル突破のできるアタッカーが待っている。守備ができて、ボールを失わない“運び屋”は、ボールポゼッションでリズムをつかむポルトガルが育んだ、彼らに必要な機能といえる。
守備ラインの質の向上、前線の守備意識、中盤の運動量が相まって、ポルトガルは守備を計算できるチームに変身した。あとは、必要な“1点”をとれるかどうか。
ポルトガルの攻撃が、ワールドクラスとは言い難いパウレタに集約されているのは興味深い。
(以下、Number W杯臨時増刊第3号へ)