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ペトル・チェヒ「チェルシーは伝説のチームになるだろう」 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

PROFILE

posted2005/05/26 00:00

 196cmの長身がカフェに現れると、店員たちがすぐにチェルシーのスターゴールキーパーだということに気がついた。まあ、客のほとんどは主婦だったので、ぜんぜん騒ぎにはならなかったけれど。

 それにしても、安っぽいセルフサービスのカフェを、チェヒはインタビュー場所に指定したものだ。店内は赤ん坊が泣き叫んでいて、チェコ人の通訳氏が「こんな所じゃ、声が聞こえないよ」と困った顔をしている。それでもチェヒは、「大丈夫。ここでやりましょう」と周りを気にしない様子でイスに腰を下ろした。

 礼儀正しい青年。でも、ちょっとクールで、淡々とした22歳。リバプールに敗れた2日後だったため、イングランドの新聞では「リバプールのゴールは、ラインを越えていない?」と大論争が起こっていたが、チェヒはそんな記事にも関心がないようだった。

 「線審がスロバキア人だったからチェコ語で『本当に見たのか!』って抗議したんだよ。ビデオを見たら、やっぱりノーゴールだったね。でも審判は機械ではないのでミスもある。この失点で負けたわけだから悔しいけれど、これは選手の力ではどうすることもできないことだから」

 今季チェルシーは、まずカーリングカップを獲得して、4月には50年ぶりにプレミアリーグで優勝を成し遂げた。だが、最後にはCL準決勝での敗退。英・仏・独の3カ国語を操り、心理学を好む物静かなGKは、今季のチェルシーの戦いぶりをどう感じたのだろうか?

 ――今季チェルシーは、CL準決勝第2戦までリバプールと4回対戦して1度も負けていませんでした。なぜ、最後の最後で勝てなかったのでしょうか?

 「チェコには古いことわざがある。『陶器の入れ物で井戸に水を何度も汲みにいったら、必ずいつかはその取っ手が壊れる』というものだ。今回は5回目に、取っ手がとれてしまったね。リバプールのような優れたチームと5回も試合をすれば、負けてしまうこともある」

 ―― モウリーニョ監督は「ベストチームが敗れた」と言っていました。

 「確かにリバプールは、国内リーグで不調だし、準決勝の2試合でも私たちが試合をコントロールしていた。でも、リバプールは国内で結果を出してない分、失う物が何もなかった。チェルシーが勝って当たり前という状況で、彼らはプレッシャーを感じることなく、試合をできる点で有利だったと思う」

 ――試合後に監督は何か言っていた?

 「モウリーニョは『CLでは決勝に行けなかったけど、プレミアリーグでタイトルを取ってくれた。誇りに思っている』と感謝の言葉をくれた。チェルシーは 50年間も優勝していなかったわけだから、これはすごい結果だ。リーグでは1025分の無失点記録を作ることもできた。カーリングカップも勝ち取ったし、日々の仕事が十分に報われたと思っている」

 確かに今季のチェルシーは強かった。CLではバルセロナ相手に名勝負を演じた。準々決勝では、屈強なバイエルンを力でねじ伏せている。今季からチェルシーに加入したチェヒは、その強さの理由をどう考えているのだろう。

 「若い選手の集まり、ということだ。成功を目指す若手が団結して、いい雰囲気ができた。そこに監督がうまくはまり込んで、大きな力になったんだ」

 ――なぜ、団結できたのでしょうか?

 「プライベートでも、みんなでつきあっていることが大きい。今季はそれぞれの家で持ちまわりでパーティーを開いて、プレイステーションのサッカー・ゲームのトーナメントを20人くらいでやったんだ。優勝者には自家製のカップも渡したよ。みんないっぺんにできないから、待っている間にお互いに話ができて、密接な関係が作れたと思う。ゲームを見ていれば、プレースタイルもわかる(笑)」

 ――あなたは?

 「あんまりうまくないので、真ん中くらい。一番うまいのが、ジョー・コール。ビリはマッサージャーだった(笑)」

 ただ、団結したからといって、バルセロナのような強豪に勝てるわけではないだろう。チェルシーは堅実な選手が揃っているが、ロナウジーニョのようなひとりで試合を決めることができる選手はいない。その差を補う何かが必要になる。GKとしてどんな貢献ができるか?― と質問すると、それまではクールに答えていたチェヒが、自分の学説を説く教授のように饒舌に、そして熱くなった。

 「素晴らしいチームだとしても、平均的なGKしかいないなら、そのチームは成功するはずがない。それなら平均的なチームでも、最高のGKがいる方が遥かに強い。なぜならGKが、他の選手の心を落ち着かせることができれば、彼らはミスをおそれることなくプレーできるからだ。

 最終的にチームの質を決めるのはGKだ。だから、GKの社会的な立場は、下ではなく上であるべきだと思う。私は心理学を勉強して、常に90分間集中できるように訓練している。GKの才能の90%は集中力にあるからね」

 自信家のチェヒが、来季のCLのタイトルを望んでいないはずがなかった。いや、タイトルという以上のモノの可能性を彼はすでに感じ取っている。

 「1年以内にチェルシーには、世界でトップのトレーニングセンターが完成する。若手のためのアカデミーも、チームは整備しているところだ。これから我々がどれくらいできるかはまだ先のことだけど、チェルシーが伝説のチームになるための条件は整えられている。来季こそはCLのファイナルに進めるはずだ」

 そういえば、このチームの監督はイングランドに来た時「自分は神に選ばれた人間だ」と言って物議をかもしたことがあった。そしてチェヒもそれに負けないくらいの自信を持っている。チェルシーは似たもの同士― ――派手さはないが独特の思想を持ったヤツら― ――が集まっているからこそ、尋常でない“団結”が可能になっているのではないだろうか。

 今季チェルシーは準決勝で負けたが、それがより深い絆となって選手たちに残った。新たな青の時代は、もう目前に迫っている。

ペトル・チェフ
ジョゼ・モウリーニョ
チェルシー
欧州チャンピオンズリーグ

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