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阪神日本一に秘策あり。
text by
石田雄太Yuta Ishida
posted2005/10/13 00:00
1985年の再現はなるのか。
70年の歴史を誇る阪神タイガースは、実は過去にたった一度しか日本一に輝いていない。日本シリーズには'62年、'64年、'85年、'03年と、4回出場して、勝ったのは'85年だけ──その年、阪神にコバルトブルーのチャンピオンフラッグを献上したのは、それまで3度の日本一に輝いていた知将、広岡達朗率いる西武ライオンズだった。ヤクルト、西武の監督として日本シリーズを4度戦い、この年の阪神にのみ唯一の負けを喫した指揮官は、20年前の屈辱をこう振り返った。
「第1戦、2戦と西武で負けて、甲子園で2つ勝って、第5戦を落とした。でも、あの第5戦は負けたってどうとも思わんかったな。高橋直樹を第6戦に、松沼のお兄ちゃん(博久)を第7戦に、どちらも万全の状態で用意していたつもりでしたから。それが、高橋がいきなり満塁ホームランを打たれて……あの年の日本シリーズはそのシーンと、阪神の応援団がドンドン叩いていた、やかましい太鼓の音だけ、よう覚えてます(苦笑)」
1985年11月2日。
西武球場にはセンターからホーム方向へ強い風が吹き荒れていた。初の日本一へ王手をかけた阪神は、敵地へ乗り込んで西武との日本シリーズ第6戦を戦っていた。
その初回。
阪神は西武の先発、ベテランの高橋直樹を攻め立てた。3番、ランディ・バースのフォアボール、4番、掛布雅之のレフト前ヒット、5番、岡田彰布のピッチャー強襲の内野安打で、ツーアウト満塁。
バッターは6番、長崎啓二。
高橋の投じたやや外寄り、高めのストレートを、長崎は逆風をものともせずライナーでライトスタンドに突き刺した。王手をかけられた西武がいきなり喰らった強烈な先制パンチは、日本シリーズでの負けを味わったことがなかった知将の緻密な計算を狂わせた。
「それまでのシリーズ、第7戦までもつれても一度も負けたことがなかったというのは、そこまでにきちんと打つ手を打ってあったからなんです。僕は、一番力のあるピッチャーを1戦、4戦、7戦と中3日で回したでしょう。柱に頼る3試合のうち2つ取れれば、あとのピッチャーのやりくりで4つのうち2つ取ればいいっちゅう論法で考えてましたからね。力のあるピッチャーというのは、数字だけじゃなくて、勝っても負けても影響力を与えられるピッチャーのこと。そういうピッチャーを柱に据えて戦えれば、追いつめられても絶対に負けないと思えるんです。でも、あの年の阪神には第6戦でやられた。高橋が初回の満塁の場面を持ちこたえていたら、結果はわからなかったと思いますよ。日本シリーズというのはそういうもんですから……」
実際、広岡は4度の日本シリーズ、すべて第1戦に先発させたピッチャーを第4戦に起用。第7戦までもつれたときは、そのピッチャーを切り札として最後に使えるローテーションを組んでいる。
「今年の阪神の強みはピッチャーでしょう。それも、後ろの3人(ジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之)はそれぞれに違った特徴のあるピッチャーですから、相手からすれば崩すのはしんどい。そうなると、阪神としては彼らを生かすための大将を誰にするかっちゅうことを考えればいい。一番の柱は誰かと考えると、井川に頼るのは難しい。今年は投球技術も落ちてるし、投げてみんとわからんピッチャーだからね。それでは仲間からの信頼も得られない。そう考えると、案外、下柳あたりがいいんじゃないの?― 今の阪神の中では一番、“ピッチング”ができるピッチャーだと思いますよ。第1戦に使うピッチャーというのは、勝っても負けてもシリーズの行方に影響を及ぼすんです。それも、チームにマイナス思考を残さないという影響力でなければならない。下柳にはそれができますよ。彼に1戦、4戦、7戦を任せれば、それなりのピッチングで5回まで投げてくれるんじゃないかな。そこから後ろの3人につないで3つのうち2つ取れれば、あとは2、3、5、6戦を安藤、杉山、井川、福原あたりをうまく組み合わせて、そのうち2つを取る。そうすれば、4つ勝てるでしょう」
一見、奇襲戦法のようにも思えるが、あり得ない話ではない。サンプル数としては少ないものの、今シーズンの交流戦でソフトバンク、ロッテ、西武のパ・リーグ上位チームに対して安定したピッチングを披露していたのは、阪神では下柳であり、杉山だった。井川、福原を中心に戦うのではなく、下柳と杉山を軸に据えて、その上で左右のエースを配置する贅沢なローテーション。とりわけ下柳の投げる3試合はJFKをフル回転させて、何が何でも2つ、取りに行く。
「シリーズで意外に大事なのは、いかに捨てゲームを作れるかということ。先発が早めに崩れたケースは、捨てゲームにして相手を喜ばせてやればいいんですよ。ファンは怒るかもしらんが、それでも知らん顔して好きなだけ打たせて、相手を疲れさせる(笑)。勢いに乗ってる相手をどうにか止めようとして無理をすると、それが戦力的なマイナスになって、大事な一つを取り逃すことになる。大敗しても最後に勝てばいいと開き直れれば、逆に大勝した方にスキが生まれるものなんですよ。岡田にそれができるか……ただ、ああ見えて岡田は監督としては結構、キツいタイプなんじゃないかな。一つ一つのプレーに対してもピシッと選手に自分で文句を言ってるように見える。ファームでも結果を出してるし、ハラのすわった監督じゃと思いますよ」
阪神、20年ぶり2度目の日本一の座へ、カギを握るのは37歳のタフネス左腕、下柳剛であると、広岡達朗は断言した。ワセダの後輩、岡田彰布が第1戦のマウンドに送るのは、やはり井川なのか、それとも──!?