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新しいノゲイラ像を見せたかった。 

text by

茂田浩司

茂田浩司Koji Shigeta

PROFILE

posted2004/05/06 00:00

 淡々と、普段と変わらぬ表情で、ノゲイラは試合をこう振り返った。

「相手のミスを見つけて勝つことが出来た。練習した新しい技で勝つことが出来たし、足技やパンチの大切さも分かった」

 勝利の喜びに酔いしれることはない。彼にとってこの1勝は、あくまで「PRIDE-GP制覇」への通過点に過ぎないのだ。

 ノゲイラの周到な準備と巧みな戦略を感じた一戦だった。技術の引き出しの多さや豊富な経験に裏打ちされたチャンスを逃さない姿勢もさることながら、この一戦への調整の上手さは際立っていたように思う。そして、その裏にある「チーム」の存在の大きさも。

 試合の1週間前に行なわれたノゲイラの公開練習でのことである。ブラジリアントップチーム(BTT)の総帥、マリオ・スペーヒーに横井に関する印象を聞いた。彼はこう答えた。

「ヨコイはとても優れた選手。チャンスを貰ってモチベーションも高く、タイトルを持たないだけに責任もない。いい試合が出来る条件が揃っている」

 隣で聞いているノゲイラはうつむいたまま、スペーヒーの分析をじっと聞き入っている。スペーヒーはこう続けた。

「だが、試合は間違いなくノゲイラが勝つ」

 GP優勝を目指すノゲイラにとって、この試合は難しい調整を必要とするものだった。長丁場を意識しすぎて1回戦を軽く見たら「この一戦」に賭ける若き挑戦者に足をすくわれる危険がある。だが万全を期してピークを持ってきては、後の6、8月が苦しくなる。ヒョードルやミルコとの潰しあいに備えて、ピークは8月に持っていく必要があるのだ。

 そこでBTT陣営は「ピークでない中でも万全の準備で確実に勝つ」作戦を取った。通常ノゲイラには3、4人のスタッフが帯同するが、今回は総勢8人。中には10代の頃からノゲイラを指導する現ボクシングのブラジル五輪代表コーチ、ルイス・ドリア氏もいる。ルイス氏は試合前にノゲイラをブラジル五輪代表チームのキューバ合宿に呼び、ボクシング技術の強化をはかった人物で、日本帯同は今回が初めて。さらに来日は通常の5日前よりも早く11日前。時差調整も完璧だった。

 一方で、現在の立ち技に重点を置いた練習は「ヒョードルやミルコを想定したもの」とノゲイラは言う。

「GPは彼らとの争いになるだろうからスタンドを強化しないといけないし、最近は僕のグラウンドでの動きを読まれてる部分も感じるからスタンドも重要になる。今はまだ80%の体調だけど、スタンドから主導権を握って、『今までとは違うノゲイラ』を見せたいね」

 試合は1ラウンド終盤まで互角の展開が続いた。スタンドではノゲイラがコツコツとジャブを当てるのに対し、横井は大振りのフックで距離を詰め、組み付いてテイクダウン。するとノゲイラは下から関節技を仕掛け、これを凌いだ横井がパウンドを浴びせる。

 サイドポジションから反転して立ち上がった横井の動きを見て、桜庭はこう呟いた。

「あの体重(102kg)で80kgとか90kgの人並みに動けますからねぇ」

 試合前に語られた「横井伝説」。ボブ・サップをジャーマンで投げた、吉田・?阪・桜庭もその強さを認める……、これらはすべて真実だ。ノゲイラとの攻防で証明された通り、横井のパワーと腰の強さは日本人の中ではトップクラス。これまでなかなか総合格闘技の試合チャンスがなかった鬱憤を晴らすかのように、横井はノゲイラに食らいついた。

「PRIDE-GP優勝候補」と「日本人トップクラス」の差が徐々に現われたのは、1ラウンド終盤だった。ノゲイラのワンツーを被弾し続けた横井が、パンチを打つ際に大きくバランスを崩し始めたのだ。そこをフロントチョークで絞め上げたノゲイラ。これを2度、横井が凌いだところでラウンドが終了。

 2ラウンド、ノゲイラの立ち技が冴えた。スタンドでワンツーを浴びせると、棒立ちになった横井のボディに体を浴びせるようにヒザ蹴りを一閃。腹を効かされた横井の苦し紛れのタックルをノゲイラは難なくガブり、横井の頭にヒザを浴びせると、腕をノド元に滑り込ませて、そのまま体ごと反転。ガッチリと極まったフロントスリーパーに、横井はタップするしかなかった。

 試合後の花道で横井は号泣。試合後のインタビューでも時折、言葉を詰まらせて、敗北の悔しさが伝わってくる。そして一言。

「情けない」

 試合前、横井はこんな決意をしていた。

「僕にはここで勝たないと次はないんです」

 '03年3月以降、試合チャンスがなく、1年以上総合から遠ざかってきた彼にとって、今回は是が非でもモノにしたい試合だったのだ。

 だが、GPのノゲイラ戦という大舞台でポテンシャルの高さを証明した横井には今後、試合チャンスも舞い込むことだろう。

 一方のノゲイラは鮮やかなフィニッシュで「柔術マジシャン」らしさを発揮したが、そこに至る伏線はコツコツ当てた左ジャブとヒザ蹴りだった。8月の決戦に備えた立ち技強化は少しずつ完成に向かって進んでいる。

 試合後、ミルコの敗北について感想を求められると、ノゲイラは全く表情を変えずに、淡々とこう答えた。

「16人はみんな強いし、誰も見下せない。また6月、8月と勝ち抜きたい」

 相手を甘く見ず、しかし心身のピークは8月に持っていく。この微妙な調整が出来ない選手はどこかで足元をすくわれたり、途中で息切れするだろうが、ノゲイラにその心配はない。彼は思い描いたペースで、この長いサバイバルレースを完走することだろう。

【試合結果】

○ A.R.ノゲイラ - 2R - 1分25秒 - フロントスリーパーホールド - 横井宏考 ×

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