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指揮官・岡田の「情」と「理」。 

text by

島崎英純

島崎英純Hidezumi Shimazaki

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photograph byNaoya Sanuki

posted2008/01/31 15:32

指揮官・岡田の「情」と「理」。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

 岡田武史新監督の下、2010年ワールドカップに向けて日本代表が始動した。イビチャ・オシム監督の下で着々と進んできていたチーム作りは、岡田監督の就任によってどのように変わっていくのだろうか?

 岡田監督が就任記者会見などで語ったように、「人とボールが動くサッカー」というコンセプトは変わらない。これは、監督の哲学の問題ではないからだ。体格や筋力ではヨーロッパやアフリカに劣り、南米勢のようなテクニックもない日本人選手を使って世界と戦えるチームを作ろうとするなら、どんな監督にとっても「人とボールが動くサッカー」というのは当然の選択だ。

 ただ、コンセプトは同じでも戦術や選手選考は監督によってそれぞれ違うはず。だが、それはすぐに見えてくるものではない。

 「岡田監督は狭い地域で多くの選手を絡ませる」、「ピッチを広く使おうとしていたオシムと違う」といったことが、トレーニングが行われている指宿から報じられてきている。しかし、オシム体制がそのまま継続していたとしても、オシム監督は'08年に入れば、'07年の段階とは違ったことをやっていたに違いない。逆に、岡田監督はオシム監督が築き上げてきたものの上に立ってチームを始動させたわけだから、違うのは当然のことだ。

 日本代表のスケジュールを見ると、5月下旬から6月にかけて、キリンカップとワールドカップ予選で合計6試合を戦うことになっており、チームは長期間行動をともにし、トレーニングとゲームを繰り返す。このあたりで方向性が浮かび上がってくるだろう。

 オシム監督は、ジーコ元監督のように中盤に欧州組のパッサーを4人も並べることはなかったが、オシム監督のチームの中盤には中村俊輔、遠藤保仁、中村憲剛と3人のパッサーが組み込まれていた。しかも、オシム監督は阿部勇樹という本来はMFの選手を最終ラインに組み入れていた。これも、最終ラインからのパス能力を買ってのことだろう。

 つまり、オシム監督は「水を運ぶ選手」を重視する発言をしてはいたものの、実際にはかなり美しいサッカーを志向していたのだ。

 オシム監督は、現役時代は芸術的なプレーを見せる技巧派の長身FWであり、その美しいスタイルから「シュトラウス」というニックネームで知られていたという。その現役時代の優雅なプレーと同じように、オシム監督はリスクを背負ってでもどんどん攻めに出る、ファンタジー溢れるチームを作りたかったに違いない。

 芸術的なプレーで知られるアタッカーだったオシム監督に対して、岡田監督は現役時代には守備の選手だった。センターバックもできたし、守備的なMF(今で言うボランチ)もできる幅の広い選手だった。

 もちろん、監督の仕事と現役時代のポジションは関係のないことだが、現役時代のスタイルの中に監督の志向を読み解く鍵が隠されていることもあるかもしれない。FWにはFWの、DFにはDFの独特なメンタリティーというものがあるのだ。

 井原正巳(U-23代表コーチ)によれば、生まれつきというよりも「DFをやっていると、次第にそういう性格になっていく」のだそうだ。危機管理が重要なDFはつねに最悪の場合を想定してプレーする。その結果、DFのメンタリティーが身に付くのだろう。

 また、現役時代の岡田はDFとしては体も大きくなかったし、俊足というわけでもなかったから、頭脳的なプレーを武器にしていた。守備的なポジションをやりながら、機を見て攻撃に参加するプレーもうまかった。だから、現役時代から「岡田は、いつかは優秀な監督になるだろう」と誰もが思っていた。

 岡田のもう一つの武器が勝利への執念だった。現役時代の岡田とプレーしたことのあるFWは、そろって「岡田は嫌らしいDFだった」と述懐する。勝利のために、あらゆる駆け引きを使ってきたらしい。

 指導者となってからの岡田も、「情」(勝利に対する執念、美しいサッカーをしたいという思い)と「理」(論理的な思考、結果を求める現実主義)の両者のバランスの中で進化してきた。理論で選手を説得すると同時に、選手たちに勝利への執着心を持たせることに努めてきた。横浜F・マリノスの監督として結果を出し始めていたころ、岡田に話を聞いたことがあるが「練習中に選手がサボらなくなったこと」がいちばん変わった点だと語っていた。

 それが、実際のチーム作りにどう関係してくるのかは分からないが、たとえば、DFのメンタリティーと現実主義者という側面を考えれば、岡田監督はMFを最終ラインで使うようなことはせずに、オーソドックスにDF専門の選手を起用するのではないか?

 実際、招集メンバーの中には岩政大樹という大型DFが含まれていた。

 現役時代に大型で無骨なDFだったフィリップ・トゥルシエは、監督としてはラインコントロールを武器にしたフラットスリーにこだわったが、クレバーなDFだった岡田は逆に大型DFを重視するのかもしれない。

 エレガントなアタッカーであるオシム監督は、指導者としても即興性溢れるトレーニングで、選手たちの考える力を伸ばしてきた。多色のビブスはともかく、考えなければ動けないメニューで選手に考えさせ、選手の反応を見ながら、トレーニングのメニューも即興的にどんどん変えていった。

 だが、「理」に長けた岡田監督は、「理」に沿ったトレーニングをするだろうし、選手の動きも即興性よりロジックを重視するのではないだろうか?

 そうしたDF的メンタリティーを持った岡田監督が、発散的な(ランダムな)思考を選手たちに植え付けることによって、攻撃的で美しいサッカーを実現した大木武をコーチとして呼んだところが、僕には実に興味深い。

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