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「将棋盤を挟んで怖い…ですが」小学生時代から25年間、“努力の天才”永瀬拓矢と接し続け…1学年下のタイトル経験棋士が明かす「底知れぬ怖さ」の正体 

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大川慎太郎

大川慎太郎Shintaro Okawa

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photograph byKeiji Ishikawa

posted2026/07/26 07:15

「将棋盤を挟んで怖い…ですが」小学生時代から25年間、“努力の天才”永瀬拓矢と接し続け…1学年下のタイトル経験棋士が明かす「底知れぬ怖さ」の正体<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

将棋界トップの存在として戦い続ける永瀬拓矢。小学生時代からしのぎを削ってきた高見泰地が見た永瀬将棋とは

「そうは言わないです。勝ち越していたと思うけど、実力差はなかったですね」

 将棋を指すのが楽しくてたまらなく、また自分と同じくらい強い仲間が周りに多くいた環境にあっては、彼らが棋士の道を志すのは自然なことと言えるだろう。

 永瀬は2004年の9月に奨励会に入った。高見はその奨励会試験に落ち、研修会を経て2005年4月に入会した。プロ入りは永瀬が2009年10月で17歳、高見は2011年10月で18歳だった。両者とも驚くべき昇段スピードだが、少しずつ永瀬が先を行っていたことになる。

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「後輩に抜かれたのは阿部光瑠君だけです。自分は1993年度生まれで棋士になった8人の中ではプロ入りが一番早くて、斎藤(慎太郎)君や八代(弥)、三枚堂(達也)よりも早かったんですよね。ただ永瀬さんと佐々木勇気さんは、ずば抜けて早かった」

彼らを追いかけちゃってる時点でダメなんです

 永瀬に抜かれたという意識はあったのだろうか。

「抜かれたとは思っていません。自分も弱くはなかったですけど、中学生ぐらいになって気がついたら、永瀬さんと佐々木さんの二人が目立っていました。元々、強かったですから。二人が並走してどんどん進んでいくのを、すごいなと思っていました。そういうものだと思います。奨励会って、どんどん上がっていく人が強いんです。小学生の時がどうこうっていうのは自慢にもならないし、むしろその後、自分は何をしてたんだって話になるので」

 奨励会時代と、高見の中高生の時期はほとんどかぶっている。高見は神奈川から埼玉の中高一貫校に6年間通っていた。片道2時間、往復4時間。なかなか将棋に時間を割くことが難しくなっていた。

「学校も自分の中で最低限のラインは保っていたかったんです。あの頃、生活の全部を将棋に懸けていたらどうだったんだろうと、もう1つの未来もちょっと想像したりはします。あの2人に喰らいつけていたかな。でもやっぱり、現在と同じだったような気もしますね。彼らを追いかけちゃってる時点でダメなんですよ」

永瀬さんは物事の捉え方が自分と全然違った

 そうはいっても、高校在学中に棋士になった高見はまごうことなきエリートだ。ある時、永瀬、伊藤匠、高見の3人と雑談した際に、話の流れで私が「みなさんは、自分が棋士になれないと思ったことはさすがにないと思うんですけど」と振ったことがある。3人とも否定しなかった。高見に改めて聞いても、「それはさすがにないですね」と語る。

 もちろん悔しい思いをした瞬間はある。

【次ページ】 すべてを将棋に…誰よりも本気だから

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