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「将棋盤を挟んで怖い…ですが」小学生時代から25年間、“努力の天才”永瀬拓矢と接し続け…1学年下のタイトル経験棋士が明かす「底知れぬ怖さ」の正体
posted2026/07/26 07:15
将棋界トップの存在として戦い続ける永瀬拓矢。小学生時代からしのぎを削ってきた高見泰地が見た永瀬将棋とは
text by

大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph by
Keiji Ishikawa
永瀬拓矢にはこれまで数え切れないくらい取材を重ねてきた。藤井聡太を始めとしていろいろな棋士について尋ねてきたが、永瀬の中で特に信頼が厚いのが同世代の高見泰地だと私は思っている。永瀬は困ったことがあると高見に頼ることがあるし、高見もそれに全力で応えようとしているのが窺えるからだ。
永瀬は1992年9月5日生まれ、神奈川県横浜市出身。
高見は1993年7月12日生まれ、神奈川県横浜市出身。
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学年は永瀬が1つ上だが、出身地が同じ2人は小学生の頃から盤上でしのぎを削ってきた。そしてタイトルを獲得する棋士の多くが10代でプロ入りする将棋界で、2人とも当然のようにティーンで棋士になった。そのまま2人の指す場所は、誰もが憧れるタイトル戦の大舞台に移っていったのである。
永瀬との25年にわたる歩みについて、高見に尋ねた。
少年時代、すでに底知れぬ怖さが
高見が初めて永瀬と出会ったのはいつだったのか。
「小学2、3年生頃だったと思います」
関東のアマ強豪が集う「蒲田将棋クラブ」でよく指していたという。永瀬と高見の他にも、佐々木勇気、三枚堂達也を始めとして、後にプロ棋士となる多くの子供たちが通っていた将棋道場だ。
当時の永瀬についてパッと思い浮かぶことと言えば何だろう。
「(週刊少年)ジャンプです(笑)」
高見は顔をほころばせた。マンガを読むのは永瀬の現在まで変わらぬ趣味だ。実際に永瀬から「黒沢(怜生)先輩の影響ですね。1学年上の黒沢さんは兄貴分みたいなところがあって、よくジャンプを見せてもらっていました」と聞いたことがある。
高見はすぐに話を将棋に戻した。
「奨励会入会前に研修会で指した時のことはよく覚えています。永瀬さんは当時、四間飛車党でした。私が居飛車穴熊でしたが、こちらが押し切れそうなのにものすごい粘りをしてきて、底知れぬ怖さを感じました」
怖さ?
「将棋って、こんなに粘れるんだって思わされたんです。勝敗ではない。強いのはもちろんですけど、とにかく根性がすごかった」
永瀬、佐々木勇気…ずば抜けて早かった
ただ小学生大会では、高見が神奈川県代表になることが多かったという。当時は自分のほうが強いと思っていたのだろうか。

