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【動画】「マウスピースがない!」デビュー戦で敗北、2度目の世界挑戦では大ピンチに――セレス小林はいかにして“不屈の心”を育み世界王者となったのか《飯田覚士対談・前編》
デビュー戦で敗れ、5戦目まで3勝2敗、日本王座には3度目のチャレンジで就き、世界も2度目の挑戦でベルトを手にした〝不屈の人〟です。実は小林さん、世界を獲った一戦の裏で〝自分のマウスピースがどこにもない〟という最大のピンチにさらされて……。《後編も併せてご覧ください》
2001年3月11日、神奈川・横浜アリーナ。
セレス小林さんが4階級制覇のベネズエラ人ボクサー、レオ・ガメス選手にチャレンジするWBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ。2度目の世界挑戦という背水の陣なのに試合前、自分のマウスピースがないことに気づきます。
「ウチ(国際ジム)のトレーナーが間違えて、後輩のマウスピースを持ってきたんです。〝これ、合わないです〟と言って、(試合中に)控室まで行ってもらって持ってきてもらったら、それも予備のものでした」

チャンピオンは強烈なアッパーを武器にしており、いつも使っている愛用のマウスピースでなければダメージを余計に大きくしてしまう可能性もありました。
テンパってしまうかと思いきや、逆に小林さんは「誰よりも冷静だった」と言います。
「あんま気にしてなかったんですよね。しゃあねえ、これ着けるかって」
「不安とか負けるとか、そういう気持ちは一切なかった」
冷静さを失わなかったのは、「絶対勝てる」という境地に達していたことでした。
「(その前の世界戦で)引き分けて、これだけやっても(世界に)届かないなら、もっとやるだけ。究極に追い込んで、トレーナーの三浦(利美)さんが『今度は勝てるかもしれない』と言ってくれたんです。普段は決してそんなこと言わないのに(笑)。前と違って、眠れないこともなくなった。こんだけやったんだから、不安とか負けるとか、そういう気持ちは一切なかったですね」
9ラウンドにガメス選手の右を浴びて「ちょっとやべえ」と思いながらも、逆に相手はチャンスだとばかりに前に出てくると踏み、次の10ラウンドに左カウンターを合わせて前のめりにダウンさせ、TKO勝ちを収めました。ピンチにも動じないメンタルが、世界のベルトを手繰り寄せたと言えます。

前編の動画では以下のトピックについても触れています。
- 自信満々だったのに4R判定負けのデビュー戦
- 悔し泣きした敗戦から得た教訓
- 大橋秀行さんに憧れてプロボクサーに
- オーバーワークだった初防衛戦
- どうして初防衛戦は難しいのか?
- 〝怪物〟ムニョスとの激闘
2度目の防衛戦の相手は21戦全KO勝利中だったアレクサンデル・ムニョス選手。計5度のダウンを奪われて王座から陥落することになりますが、逆にぐらつかせて相手を追い込む見せ場もありました。
「もうちょっとでしたね。効いたって分かったんですよ。でも足がもう動かないんですよ。踏ん張れないし、自分も効いちゃっていて。玉砕覚悟で行ったら、返り討ちにされました」
苦笑いを浮かべる小林さんに、WBA世界スーパーフライ級王者の先輩でもある飯田覚士さんは「倒されても最後まであきらめない」姿勢に心から敬意を表します。
最後の最後まで不屈の心を忘れないセレス小林さんは、記憶に残る名ボクサーでした。(5月18日取材)

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