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【2005年日本ダービー】装蹄師がディープインパクトにかけた魔法とは?「画期的な技法を開発したから見に来ないか?」

2026/05/23
2006年の凱旋門賞での蹄鉄。西内装蹄師が海外仕様に特別な調整を加えたという
無敗でのクラシック2冠目も確実視されていたディープインパクト。だが、その圧倒的な走りとは裏腹に、脚部はとても繊細だった。釘の余地すらなくなった蹄に、職人が用意した新たな“靴”とは――。(原題:[装蹄師の魔法]2005 日本ダービー「技術の粋を凝らして」)

 ダービーデーの競馬場は毎年のように独特の熱気に包まれる。とはいえ2005年5月29日、第72回日本ダービー当日の東京競馬場には、例年とは明らかに異なる空気が充満していた。単勝1.1倍と記録的な支持を集めたのは皐月賞まで4戦4勝のディープインパクト。武豊とコンビを組み、前年暮れのデビューから圧倒的な輝きを放ち続けてきたサンデーサイレンス産駒が、無傷の二冠制覇をかけて挑む大舞台でどれだけ凄い走りを見せてくれるのか――。

「どの馬が勝つか」の例年に対し、この年は「勝ちっぷり」が最大の焦点。多くのファンが抱いた期待と予感こそ“明らかに異なる空気”の正体に他ならなかった。

 装蹄師の西内荘はそんな競馬場の関係者席で発走を待っていた。担当した馬のGI勝ちは数知れず。「カリスマ装蹄師」の異名を持つ男はすでにジャングルポケット('01年)、タニノギムレット('02年)でダービー制覇の歓喜を経験していたが、その心象風景も常とは異なっていた。なぜならこのとき、彼はディープインパクトの装蹄にある“魔法”を使ったからだ。

 自信はあった。しかし万端の準備を尽くしても、何が起こるか分からないのが競馬である。そしてもし、結果が出なければ時計の針が止まってしまう。勝つか負けるかで今後の展開が大きく変わる運命の瞬間が近づいてきた。

日本ダービーを目前にした2005年5月17日に撮影された脚部 SPORTS NIPPON
日本ダービーを目前にした2005年5月17日に撮影された脚部 SPORTS NIPPON

 西内は1956年生まれ、高知県の出身。手広く事業を営んでいた父は馬主でもあり、幼い頃から競馬に親しんで育った彼は中学生のとき、同郷の福永洋一(福永祐一調教師の父)がニホンピロムーテーを菊花賞('71年)の勝利に導いた鮮やかな騎乗を見て騎手に憧れ、父が馬を預けていた栗東トレセンの中村好夫調教師に弟子入りした。しかし減量に苦しんで断念。中村の勧めで装蹄師を目指し、栗東の坂元利臣のもとで修行を積んだ後、30歳で独り立ちした。

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photograph by Kiichi Matsumoto

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