無料公開中

記事を
ブックマークする

「4月に結果を出さないと…」西武ライオンズ・栗山巧が41歳で抱く“危機感”と「心技体」のバランスの難しさ《インタビュー》

2025/02/23

 アスリート人生は「上り坂」より「下り坂」の歩き方が難しいと言われる。円熟期を迎えたその先。体力のピークを越えてなお鍛錬を怠らず、技を磨く者だけが、悠々と「下り坂」を往き、雄大な景色を眺めることができる。

 ライオンズひと筋、24年目。栗山巧は今年、42歳のシーズンを迎える。同期入団の「盟友」中村剛也と共に、野手としては球界最年長になった。

「僕はいいように考えてしまうんです。衰えてくる、下がってくる部分については、“足りていない”という捉え方をしています。それを補っていく、ごまかす方法はナンボでもあるやろ、って」

 歳を重ねていく中で直面する「衰え」について尋ねると、そう言って瞳を輝かせた。「ただ……」。一方で口にしたのは、

「心技体」のバランスの難しさだ。

「心が充実している時もあるし、体が充実している時もある。そこがアンバランスな状態だと、どこかに大きな歪みが出て、1日、2日は活躍できても長期的にはしんどくなってくるんです。バランスが取れた中でプレーしていくのが大切。でも、それが難しいんですよ」

 その難しさに直面したのが昨シーズンだった。開幕から調子が上がらず、4月21日に登録抹消。自分と向き合い、バッティングを一から見つめ直した。一方で栗山が抜けた一軍は4月だけで17敗を喫し、5月に入っても低迷が続いた。

「自分が4月に活躍できずそうなってしまった責任も感じていて、複雑な思いで見ていました。圧倒される試合が多かった。こんなに負けてしまうのかな、そんなチームじゃないよな、って」

 交流戦前に松井稼頭央監督が休養する非常事態。栗山も6月から一軍に復帰して再浮上に懸けたが、最後までチーム状態が上向くことはなかった。

「まだやれる、取り戻せると思っていたけれど、きっかけがつかめないままシーズンが終わってしまった。何とも言えない。ただただ申し訳ない気持ちで……」

 球団ワースト記録を更新する91敗という屈辱。言葉をぐっと呑み込んだその姿に、「強いライオンズ」を知るベテランの悔しさが滲んでいた。

 個人としても、昨季の成績(出場60試合、打率.226、1本塁打)は不本意だったが、試行錯誤の中でも得るものは多かったという。例えば二軍戦に出場するなかで共に過ごした、若手選手の存在だ。

「みんな本当に必死にやっているんです。見ていて、今の子たちがどういうスイングを求めて、どんな打ち方がしたいのか、興味が湧いてきました。何考えてんの? 教えて! って。彼らと話をしていると、若手でもベテランでも突き当たる課題は一緒なんやな、と気づくこともできた。そらそうや、年齢によってボールが変わるわけじゃないんだし、悩みも課題も一緒やわ、と思いましたね」

 チームとして見れば、低迷の原因は打率12球団ワーストの貧打にあり、背景には若手野手の伸び悩みがある。進まない世代交代は図らずも、不惑を越えたベテランの存在価値を高めているとも言える。そんな若手野手の存在を、栗山自身はどう見ているのか。

「正直、若手を競争相手とかライバルという目で見たことがない。そんな風に言うと“差がある”と自負しているように聞こえるかもしれませんがそうではなく、戦うべきは自分自身だということ。自分の技術と体力をキープして怪我さえしなければ結果が出せるということが一番大事だと思っています」

 巻き返しを期す新シーズン。栗山が何度も口にするのが「4月」という言葉だ。昨年は自身もチームも春先に躓き、その後も流れを取り戻せなかった。

「4月にしっかり結果を出さないといけないと思っています。今の自分の状況ではダメなら二軍に行くこともある。今まで春先は打撃の状態を測っていたような部分もありましたけど、もはやそんなことは一旦置いて、4月に数字を出すことを意識して準備しています。打率3割は打ちたいと思うし、試合を決めるような一打が4月だけで2、3試合あるような活躍をしたいですよね」

 長いシーズンを通して力を発揮することに注力していたレギュラー時代とは全く違う、スタートダッシュへの思い。それは「背番号1」が抱く今までにない危機感であり、華麗なキャリアの延長ではなく、“チャレンジャー”としてシーズンに挑むという決意表明でもある。

「そうですね。まさに今、一軍で試合に出始めた頃のような気持ちです。去年までの流れを払拭するために、チームとしても4月に数字を出すことが大事。僕のこういう姿をちゃんと見せていかないとアカンと思うし、伝えたいなと思う」

 後ろ重心で「下り坂」を歩む気などない。42歳、闘いの1年が始まる。

(原題:[Baseball]栗山巧「『4月に結果を出さないと』背番号1が抱く危機感と決意」)

栗山巧Takumi Kuriyama

1983年9月3日生、兵庫県出身。2002年にドラフト4巡目で育英高から西武に入団。'08年に最多安打。'21年に2000安打、'24年に史上15人目の400二塁打を達成した。177cm、85kg。

photograph by JIJI PRESS
関連
記事