己の全てを懸けた一戦での敗北、無期限休養の発表、うつ病とパニック障害の公表。自らの進退と病の吐露から約1カ月。休養中の武尊が現在の心境を明かした。胸の内を語る戦士に、悲愴感はない。それどころか、格闘技に対する純粋な思いと新たな目標に向けた強い闘志が、その眼には確かに宿っていた。
「何もかも終わった。これで引退だ」
那須川天心戦で10年ぶりの敗北を喫した瞬間、武尊はそう思った。
6月19日、東京ドームを超満員にしたメガイベント『THE MATCH 2022』のメイン。武尊はダウンを奪われ判定で敗れた。
ところがその直後、彼の身に「人生観が変わった」というほどの出来事が起きた。今では試合をこんな言葉とともに振り返るようになっている。
「報われたという気持ちです。僕の人生にとっては勝って賞賛されるよりいい経験だったかもしれない」
試合後の彼に何があったのか。那須川戦で何を得て、どう変わったのか。これからどうしていくのか。8月某日、時に笑顔も見せながら武尊は語ってくれた。
◆◆◆
那須川戦の数時間前、彼は号泣していた。大会開始前のことだ。チケットはあっという間に売り切れていたが、武尊自身は半信半疑だった。自分たちの試合を見に、何万人もの人たちが来てくれるなんて本当だろうかと。
もちろん本当だった。大会のオープニング・セレモニーでリングに上がると、見渡す限りギッシリと客席が埋まっていた。主催者発表の入場者数は5万6399人。
「これだけの人が格闘技に注目してくれてるのか。そう思ったら涙が出ちゃって。控室でも止まらなかったです」
武尊がプロデビューしたのは'11年、Krushのリングだった。主な会場は“格闘技の聖地”後楽園ホールで、キャパシティは1500人ほどだ。武尊もそこで最初の試合を行なった。それより小さい新宿FACEでも試合をしている。その時から比べると、観客の数は100倍になった。
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photograph by Yasuhiro Shimoka