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テイエムオペラオーに勝ち、単勝20倍の番狂せ…アグネスデジタル&四位洋文は「とりあえず勘だけで」観客席に向かって走った【神騎乗列伝:2001年天皇賞・秋】
手が離せなかった。
雨と泥で視界は歪む。いつもなら重ねたゴーグルを外せばいい。だが、鞍上の四位洋文は、そうしなかった。いや、鞍下のアグネスデジタルが、そうさせなかった。
「どんどんどんどん追えば追うほど抜かしていくし伸びてくから、追わなきゃいけない。(ゴーグルを)取る暇がないよね。本当なら4コーナーを回って取るんだろうけど。とりあえず、がむしゃらがむしゃら」
2001年10月28日の東京競馬場。天皇盾を争う重馬場の激闘が、決着の時を迎えようとしていた。
聴覚もまた風切り音に遮られる中で、妙に歓声が近いように聞こえた。
「外へ行ってるのも、あんま見えてないんだよね。とりあえず勘だけで」
彼らは直線を斜めに横切るように突き進んでいた。そう、まさしく“観客席に向かって”走っていた。
左の前方に、やはりぼやけて1騎の人馬が見えてくる。それが「世紀末覇王」と称されたGI7勝馬テイエムオペラオーだと気づいたのは、大外から抜き去って先頭でゴールを駆けた後だった。
「なんとなく、最後でかわしたのはわかった。オペラオーとはカテゴリーが違うイメージだったから『すげえ強い馬』とは思ってたけど『負かそう』とかはあんま思ってなかったんだよね。『すいません、ちょっとチャレンジさせてもらいます』みたいな。それを負かしちゃったからね」
薄暗い府中に輝くターフビジョンが、四位の口からのぞいた歯を映し出す。感覚のほとんどを雨風に打ち消されても、両手の鮮烈な触感だけを信じ抜いた。単勝20.0倍のアップセット。それは場外の雑音や逆風を封じ込める勝利でもあった。
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