#1104
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「抗議時間は10分と決めていた」仰木彬の“計算尽く”と“野球哲学”…巨人との日本S、伝説の「10・19」で見せた「お客さんあってのプロ野球です」
2024/09/13
日本一を目前にした状況でも、青波の将は冷静にスタジアムを埋める大観衆を観ていた。「お客さんがいてこそのプロ野球」という考えを貫いた監督人生。仰木彬の肉声に何度も耳を傾けてきた著者が当時の取材メモから、あまり語られなかった姿を描く。(原題:[観客へのまなざし]勝利と同じくらい大切なもの)
暦の上では晩秋である。時計の針は午後7時40分を回っていた。小高い丘陵地を切り開いて造成された運動公園の一角にあるスタジアムには、ライト側から冷たい風が吹きつけていた。
1996年10月24日、グリーンスタジアム神戸(現・ほっともっとフィールド神戸)。オリックスと巨人の日本シリーズは、オリックスが3勝1敗で日本一に王手をかけ、第5戦を迎えていた。
日本シリーズには抗議にまつわる”黒歴史”があったが…。
試合が中断したのは4回表だ。スコアはオリックスの5対1。4点を追う巨人は1死一、三塁の好機を掴んだ。ここで右の7番・井上真二は、オリックス先発の左腕・星野伸之の高めに抜けたフォークボールを、センターの左前方に運んだ。
オリックスのセンターは名手の本西厚博。地面スレスレではあったが、グラブの網にすっぽりと白球が吸い込まれていく様子が、ネット裏からも、はっきりと見てとれた。
ところが、二塁塁審の井野修は両手を水平に広げる「セーフ」のジェスチャー。ダイレクトキャッチではない、との判定である。三塁から落合博満が還り、なおも1死一、二塁。ひとつの判定が、ゲームどころかシリーズの流れも変えようとしていた。
せっかくのファインプレーを台無しにされた本西は、井野の前で両ヒザをつき、両手を広げて懸命に抗議する。
と、その時だ。一塁側ベンチから血相を変えて飛び出した監督の仰木彬が井野の腕を掴み、ベンチ裏に“連行”しようとした。
「ビデオで確認しようや」
球審の小林毅二にも毒づいた。
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photograph by SANKEI SHIMBUN