「オリンピックの華」に挑む男女代表6人の陰には、走れないレースのために長期間準備する選手がいる。この3人のランナーは過酷な任務をいかに受け入れ、そこから何を糧にして、再び走り出したのか――。(原題:[知られざる葛藤の先に]マラソン日本代表補欠「勝者と敗者の狭間に生きて」)
2024年の春、日本陸上競技連盟の強化委員会でシニアディレクターを務める高岡寿成はパリ五輪マラソン代表候補の川内優輝、細田あいの陣営に、こう打診した。
「私の経験上の話にもなるのですが、ある意味では選手よりも大変な立場でもあると思います。実際に走れるかわからないのに準備すること。オリンピックに出られる可能性が限りなく低いこと。そういったなかで準備していただけますか」
ふたりに持ちかけたのはマラソン五輪代表の補欠だった。男女3人ずつ選ばれた正選手にアクシデントが生じた場合、補欠が代役として走る。だが、五輪の本番前に交代したことは一度もない。
高岡の人生が変わる敗北の後の補欠打診「なぜオレが……」
'04年3月15日。カネボウのエースランナーだった高岡にとって葛藤の日々の始まりであり、練習日誌にも戸惑いがにじむ。
《ある程度覚悟していた部分もあったので、それほど落胆はしなかった。むしろ補欠ということで驚いた。こればっかりは残念やけど仕方のないこと。また、これからどうするか考えないといけない》
この日は「8年計画」で目指してきたアテネ五輪マラソン代表の発表日だった。自分の名前はなかった。ただ、補欠を打診された。結論を出すまで数日間の猶予を与えられたが、辞退することも脳裏をよぎった。
五輪代表が勝者なら、落選したランナーは敗者である。そこには厳然たる隔たりがある。だが、補欠はちがう。敗者になることもできず、勝者との狭間を彷徨う。マラソン選手は多いときは月間1000km以上も走る。本番に向けた約3カ月間の道のりは険しくて苦しいが、目標があるから耐えられる。
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photograph by JIJI PRESS