大山悠輔は正月早々、いても立ってもいられず自宅を飛び出した。
2024年1月1日の昼すぎ。
「ちょっと出てくるわ」
小雨上がりの日差しには目もくれず、重厚な愛車を走らせる。
少しだけ後ろ髪を引かれながら、愛妻、愛猫2匹との貴重な家族だんらんを一時中断。向かった先は兵庫県芦屋市内のトレーニングジムだ。
「どれだけ練習しても『結果を残せるのかな』と不安が消えることはない。もう、終わってから『ああしとけば良かった』と後悔したくないんです」
元阪神トレーナーのジム経営者もさすがに休日を取っている。鍵を借り、貸切状態で2時間近く全身をいじめ抜いた。
例年にない元日始動。
主砲は年明け早々から危機感に駆られていた。
昨季は不動の4番として阪神を18年ぶりのセ・リーグ制覇、38年ぶりの日本一に導いた。少しぐらい余韻に浸り続けてもバチは当たらないはずなのに、切り替えは驚くほど早かった。
「試合だって、10-0で勝っても次の日はまた0-0から始まるじゃないですか。去年は優勝しましたけど、その年はその年でもう終わりですから」
昨年12月は優勝旅行期間に練習量が落ちると見越して、今までにないほど体を追い込んだ。全身筋肉痛のまま空路ハワイへ。スポーツ紙の絵作り撮影で両手にパイナップルを持たされた際は「腕がバキバキで上がらなくて大変でした」。そんな努力家の尻にさらに火をつけたのがタイガース入団時の監督、金本知憲だった。
「おまえ、体まだまだやな」
12月末の某日。大山は久々に金本と食事を共にした。大阪市内に集まったメンバーは大先輩の糸井嘉男にドラフト同期の糸原健斗、同学年の北條史也だ。阪神を退団して今季から社会人野球に飛び込む北條の「プロお疲れさま会」。肉に舌鼓を打ちつつ、恩師から切り出された言葉にグサッと胸を突き刺された。
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