#1017
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《予選会からの下剋上》「同学年に嫌われてナンボ」日本体育大学の優勝を引き寄せた“2人分の嫌われる勇気”<箱根駅伝ノンフィクション>

2023/12/20
3年生主将・服部が5区で東洋大を抜き、早大・山本修平を振り切って首位に立つ
'12年、トップから20分以上離された古豪は初めての繰り上げ襷を手にする。希望も伝統もプライドも打ち砕かれた名門は、その1年後、史上2校目となる予選会からの下克上優勝を果たした。その間の366日に何が起きていたのか。(初出:Number1017号[最底辺からの優勝劇]日本体育大学「大逆転を引き寄せた2人分の“嫌われる勇気”」)

箱根駅伝戦歴
初出場 1949年
出場回数 72回
優勝回数 10回
前回順位 17位(予選会6位)

 もうすぐ8年が経つ。日立物流陸上部のジャージに身を包む別府健至監督は、日体大を30年ぶりに総合優勝に導いた記憶を思い起こすと、思わず苦笑した。

「やっぱり、すぐに前年(2012年)のあの19位が頭に浮かびます。あそこから'13年1月のスタートラインに立つまでの1年間が、本当にいろいろあったので。一日中、話しても終わらないくらいですよ」

 2012年1月3日。運営管理車の助手席では、これまでにない悔しさを味わった。復路の出だしから大失速して最後尾へ。沿道からは、容赦のない罵声が飛んでくる。“別府、やめろ”、“日体大、何やってんの”。後ろを走る広報車からは、虚しく響くアナウンスを何度も何度も聞かされた。

〈ご声援、ありがとうございました〉

 他大学の監督から「あれは精神的に応える」と聞いたことはあったものの、まさか自分が直接耳にするとは思わなかった。気づけば、先頭とのタイム差は広がるばかり。復路平塚中継所に襷が渡る前だった。8区を走る今崎文仁の付き添い役を務めていた3年生の高柳祐也に1本の電話を入れ、心苦しい伝言を頼んだ。

〈たぶん、白襷になる。(走る本人に)伝えてくれ〉

 1949年の初出場から一度も途切れたことがなかった伝統の襷である。64年目にして初の屈辱。日体大の運営管理車は繰り上げスタートに備え、区間終盤から後ろについていた選手を追い越し、戸塚中継所に先回りしていた。襷がつながらなかった瞬間は目にすることなく、9区の中継所から響くピストルの乾いた音だけ聞いた。静かな車内で時間だけが過ぎていくなか、苦行のような復路が終わりに近づいた頃だ。箱根路で最底辺まで沈んだことにより、夏から続いていた迷いがどこかで吹っ切れた。車の後部座席で、選手のラップタイムを読み上げていた当時3年生のマネージャー、中村大樹にこう告げた。

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photograph by Getsuriku

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