昭和の大横綱の大鵬が、ウクライナ人の父と日本人の母を持つ力士だったことは知られている。
ウクライナはいまだ戦禍にあり、その情勢は今なお予断を許さない。
そんなウクライナに向けて、日本発の朗報があった。初のウクライナ出身力士が、7月の名古屋場所で新十両として土俵に上がるのだ。
獅司(雷部屋)の本名はソコロフスキー・セルギイといい、幼いころからレスリングに勤しんだ。15歳から始めた相撲で欧州選手権優勝。はるばる海を渡って、2020年3月に初土俵を踏んだ。
入門以来順調に出世するものの、幕下の地位でいささか伸び悩んでいた。そんななか、新師匠が発破を掛ける。「お前は強くなる可能性がある。スターになれる可能性があるんだ。付いて来られるか?」との言葉に、「はいっ! 頑張りマス!」と答えた獅司。入間川部屋(元関脇栃司)を継承し、新たに師匠となった雷親方(元小結垣添)は満面の笑みを浮かべ、喜びを隠せない。
「雷部屋としてスタートしてまだ数カ月。こうして昇進会見ができるなんて信じられない気持ちです。幕下で少し苦労しましたが、ここ最近で体重が15kgも増え、開花した感じなんですよね」
獅司の日本語はまだたどたどしく、難しい質問には首を傾げる場面も。報道陣から母国にいる両親について問われると、「弟は日本にいます。パパとママには毎日連絡しています。(昇進報告をすると)みんなうれしい、おめでとうと喜んでマシタ」と笑顔を見せるものの、政治的発言には及ばずに言葉少なでもある。師匠の雷親方は、「ウクライナのことは心配だけど、ニュースはあまり見ていないらしいんですよ」とその心情を代弁する。
混乱する故郷に、この晴れがましいニュースは届いているのだろうか。遠い異国で獅司が故郷を思う気持ちはいかばかりなのか――。
「ウクライナのことは師匠の私にもあまり言わないんですよ……。まずは稽古をしていい相撲を取る。それが彼の今できること、仕事ですから」との師匠の言葉に獅司もうなずく。「関取になったし、これからパパとママを助けマス。いずれ両親を日本に連れて来たい」と言葉を紡ぐその目は、力強く輝きを放っていた。