柔道史上最も過酷な選考を経て、念願であった五輪の畳の上に立つ。だが、全てが順風満帆だったわけではない。敗北を糧に成長を遂げた23歳の柔道家は躊躇いなく断言する。金メダルを獲る、と――。
阿部一二三とテーブル越しに向き合ってみると、気づくことがある。眼差しが特異なのだ。造形そのものがくっきりと大きいのは確かだが、それとは別に、思いが迫ってくるような強さがある。
阿部「ずっと自分が思い描いてきたものが、ようやく形になるという感じがしています。金メダルを獲る。それしかないです」
目と鼻の先にまでやってきた東京オリンピックの舞台、そこでの結末がすでに見えているかのように、彼は言った。
23歳という若さゆえの恐れ知らずだろうか。天才と形容されてきたがゆえの多少の傲慢だろうか。それとも不安の裏返しか。いや、少し違う。言うなれば、彼の目には自分への疑いが見当たらなかった。
阿部「小さい頃からの夢であり、目標ですから。自分がオリンピックに出られないとか、優勝できないとか、疑ったことは……ないです。うん……、ないですね」
阿部は自らの胸に問うかのようにそう言うと、ゆっくりと頷いた。
そういえば彼は、おそらく人生で最も重たい天秤にかけられ、不確定な状況に置かれたあの試合でも、同じ眼をしていた――。
2020年12月13日、日本柔道界はかつてない試合を迎えていた。男子66kg級の東京オリンピック代表決定戦、1964年から半世紀以上の歴史で初めてとなるワンマッチ選考である。
阿部は昼過ぎに、東京・小石川の講道館に到着した。ジャージの上に黒いベンチコートを羽織った姿で建物に入ると、スタッフとともに5階の控室へと向かった。
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photograph by Aya Watada