ひとりはブラジルからやってきた若きチャレンジャーで、もうひとりはモータースポーツの中枢ともいえるフランスで生まれ育ったチャンピオン経験者。ひとりは神がかった走りで人々を魅了すれば、もうひとりは冷静かつ無駄のない戦い方で勝利を積み重ねていく。そしてひとりは甘いマスクで“音速の貴公子”と呼ばれ、もうひとりはポーカーフェイスを貫く“プロフェッサー”として名を馳せた……。
なにからなにまで対照的なアイルトン・セナとアラン・プロストは、'80年代終盤から'90年代初頭にかけて文字どおりの激闘を繰り広げた。ふたりの戦いは30年を経た現在も語り継がれるほど鮮烈かつ印象的なもので、F1ファンだけでなく世界中のモータースポーツ関係者をも分断するほどのインパクトを秘めていた。
いまもモータースポーツ史に残るセナとプロストの対決とはいったいなんだったのか。当時のホンダF1関係者の新たな証言を交えながら、改めて振り返ってみたい。
転換期のF1界で最先端にいたマクラーレン・ホンダ
まずはふたりが火花を散らしあった背景について触れておこう。
'55年の生まれのプロストが初めてカートに乗ったのは14歳のとき。そして23歳でフランスF3チャンピオンに輝くと、'80年にマクラーレンからF1デビューを果たす。ところが、あまりにトラブルが多いことに業を煮やしたプロストは1年限りでチームを飛び出してしまう。その後、ルノーで3シーズンを過ごすと、ロン・デニスが実権を握った新生マクラーレンに復帰し、'85年と'86年にTAGポルシェでタイトルを獲得する。ちなみにフランス人でF1チャンピオンに輝いたのはプロストが史上初。F1タイトルの連覇は26年振りの快挙だった。
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