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ゴールキーパーの孤独。~“小さな巨人”菅野孝憲が辿った試練と転機~

2012/06/26
 瞬発力、判断力、経験値――どれをとっても一級品である男がひとつだけ足りないのは、そのポジションにとって決定的と言える要素であった。
 J1のGKで唯一、180cmに満たない身長ながら、昨季、柏レイソルの優勝を背後から支えた守護神は、いかに己を磨き上げてきたのか。その半生から驚異の哲学が浮かび上がる。

 試合を終えた夜、近所の焼き鳥屋でいつものメニューを頼む。ナンコツ、ささみ、ハツ、レバーにニンニクは2本。すべて塩で食べるが、塩分は控えめにしてもらう。そして、自ら持ち込んだキムチに納豆と卵の丼飯。飲み物はやはり持参した瓶の牛乳だ。カウンターテーブルの一番隅に座り、ひとり激戦を振り返る。

 焼き鳥屋に来る前には、20分間にわたってトレッドミルで走り、筋トレをこなし、交代浴の最中にもゲームシーンを想起しているから、タイムアップ後すでに3時間余りも思考の旅を続けていることになる。

 菅野孝憲(すげのたかのり)は、プロのゴールキーパーになってからというもの、もう何年もそうやって過ごしてきた。勝敗がどうあろうとも、携帯には出ず、メールも返さず、ただただプレーのことだけをひとり想うのだ。

「見に来てくれた人や家族、選手と一緒に飯を食えばサッカーの話にもなるし、感情的に人と話すのも嫌だし、その試合をひとりでゆっくり振り返りたい。そこで身心をクールダウンさせ、それをひとつのスイッチとして、全部切り替えるんです。次の日に持ち込まないように」


 この日、2012年4月14日、菅野の所属する柏レイソルは、ホームでのベガルタ仙台戦を2-3のスコアで落としていた。この時点で2勝3敗1分の10位。前年度のJリーグチャンピオンの柏レイソルは、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)の日程もこなさなければならず、選手たちには疲労もたまっていた。

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photograph by Asami Enomoto

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