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「もう二度と、スワローズと関わりたくない」高津臣吾が味わった絶望…古田敦也も絶句「この人は何を言っているんだ」「敬意、感謝はないのか…」
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高津臣吾Shingo Takatsu
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/10/09 06:01
2007年、古田敦也選手兼監督(左)の引退試合でバッテリーを組んだ高津臣吾
古田敦也監督に報告し、翌朝の飛行機で帰京することになったが、実はその1カ月後にはオールスターゲームが控えていた。
左足の傷も癒えぬまま、オールスターゲームでマウンドに上がった。ワンサイズ大きなシューズを用意してもらい、ステップを優しくするなど、患部をかばいながらの投球となった。肩や肘の痛みではないとはいえ、全力投球ができない状態でマウンドに上がるのは、投手として非常にストレスが溜まるものだ。
打者との駆け引き以前に、自分の身体の状態を気にしながら投げなければならないもどかしさ。あの時期は、常にその不自由さと戦っていた。
「スワローズでのキャリアは、もう怪しい…」
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ただ、このオールスターでは意外なこともあった。落合博満監督率いるセ・リーグは、先発の上原浩治から始まり、継投で登場したリリーフ陣の好投が続き、全員であわやノーヒットノーランという投球を披露する。許したヒットは初回、先頭のTSUYOSHI(西岡剛)の内野安打だけで、あとは死球のみというほぼ完璧な試合となった。
僕は2番手で投げたけれど、骨折の痛みなど忘れるほど無心で抑えた記憶がある。
しかし、オールスターゲームはお祭りだからいいけれど、ペナントレースとなると、そうはいかない。ただでさえ本調子でなかったところに、さらに骨折というアクシデントも加わって、不安はさらに大きくなるばかりだった……。
シーズン中盤に復帰してからも、なかなか思うような結果はついてこなかった。
夏場を過ぎた頃には、心のどこかで「スワローズでのキャリアは、もう怪しいかもしれない」と感じ始めていた。
それは成績だけでなく、当時の自分自身の振る舞いにも理由があった。

