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「もう二度と、スワローズと関わりたくない」高津臣吾が味わった絶望…古田敦也も絶句「この人は何を言っているんだ」「敬意、感謝はないのか…」
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高津臣吾Shingo Takatsu
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/10/09 06:01
2007年、古田敦也選手兼監督(左)の引退試合でバッテリーを組んだ高津臣吾
選手会長時代から、施設面、選手待遇の改善について、球団に対してかなり率直に、ときに激しい口調で意見をぶつけていた。僕のそんな態度を快く思っていなかった球団関係者はきっと多かったはずだ。
年齢からくる衰えゆえの実力不足。そして、こうした「物言うベテラン」という立場。チームからすれば厄介者だったのかもしれない。過去の実績で飯が食えるほど甘い世界ではないことは、僕自身がよく理解していたし、組織から弾き出される対象になるのは、ある意味で仕方のないことだと自分でも覚悟していた。
突然の電話「明日、球団に来てくれ」
そして、「その日」は突然やってきた――。
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07年シーズン終盤、神宮球場は引退ムードに包まれていた。
10月7日には、超満員の観客を集めた古田さんの引退試合があり、その3日前には、西武ライオンズからスワローズに移籍して活躍した鈴木健の引退試合もあった。一時代を築いた選手たちがグラウンドを去っていく。寂しいことではあるけれど、それはシーズン終盤の「恒例行事」でもあった。
しかし、華やかなセレモニーが続く中で、僕の元には何の連絡もなかった。
シーズン中盤には、「今年で最後かもしれない」という予感めいた思いはあったけれど、終盤になっても何も連絡がないということで、「ひょっとしたら、来季も契約があるのかな?」と思う反面、「もしかしたら、僕には引退試合という場は用意されていないのかもしれない」と、どこか冷めた気持ちも持ちつつ、事態の行方を見守っていた。
そして、球団からは何の連絡も、相談もないままシーズン最終戦を迎えた。
07年10月9日――。
横浜スタジアムでのシーズン最終戦で僕はセーブを挙げ、07年シーズンを締めくくった。
0勝5敗13セーブ、防御率6・17。まったく不本意な成績だった。
やはり、この日の試合前はもちろん、試合後も球団からは何の連絡もない。
(やっぱり、来季も契約は続くのかな……)
そんなことを考えていたところ、事態は一変する。その試合の帰り道、自らハンドルを握って都内の自宅へ向かっている車中に、一本の電話が入った。
「明日、球団に来てくれ」――。
そのひと言で、すべてを察した。
翌日、球団事務所で言い渡されたのは、予想通りの戦力外通告だった。
スワローズの一員としてチームを支えてきたという自負はもちろんあった。90年代、野村克也監督の下で迎えた黄金期、日本シリーズでの胴上げ投手、積み上げてきたセーブの数々……。
こうしたことに対する敬意や、感謝の思いはないのか?

