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国際結婚から1年、松山恭助に刺さった妻の言葉「決勝までの空き時間に奥さんと会って…」フェンシング男子フルーレ団体“金メダル”激闘ウラ話
text by

田中夕子Yuko Tanaka
photograph byAP/AFLO
posted2026/09/27 11:02
アジア大会・フェンシング男子フルーレ団体で金メダルを獲得した日本チーム。キャプテンを務めた松山恭助がその舞台裏を明かした
松山を支え、力を引き出すきっかけをつくったのは、昨年結婚したアレクサンドラさんだった。同じフェンシング、女子フルーレのポーランド代表選手。世界各国で試合や合宿を重ねる中で2人は出会った。結婚後は拠点を日本に移し、姓も松山に変えたアレクサンドラさんは、日々の食事や家事で夫をサポート。アジア大会でも、松山の両親と共にスタンドから声援を送っていた。
声援だけでなく、夫を奮い立たせる言葉も送る。松山は「すごく心に響いた」と、アレクサンドラさんにかけられた言葉を明かす。
「彼女も同じ選手だから、僕の調子がよくないことは見ていてわかる。だからこそ、ここがよくないとか、こうしたほうがいいとは一切言わない。むしろ、慰められるというか、励ましてもらいました。『相手に点を獲られると気持ちが焦ってしまうけれど、でも1点獲ったら次の1点、先のことは考えなくていいから、今の目の前だけを見て全部出しな』と。体力が尽きたら、それはそれ。とにかく1点獲る。彼女に言われてすごく納得できたし、それだけ考えようと頭の中がクリアになった。やるしかないと腹をくくれました」
選手だからこそわかる“重圧”
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10代の頃から日本代表に選出され、太田雄貴がリオ五輪を最後に引退した後は男子フルーレのリーダーでエースとして牽引してきた。フェンシングのメダルラッシュに沸いたパリ五輪では、団体で金メダル獲得に貢献。団体の世界ランキングでも常に1位を走り続けた。
その一方で、大会が近づけばプレッシャーを背負いすぎてしまう一面もあった。
「うまくいかなかったらどうしよう、と思って自分で自分の心にグサグサとナイフを刺すぐらい追い込んでいた」と話していたのも大げさではなく、うまくいかなかった試合の後は「塞ぎこむことも多かった」と自己分析する。
そんな松山の救世主となったのが、アレクサンドラさんだった。明るい笑顔で、必要な時に求めている言葉をかけてくれることが何より大きい。


