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「血が騒いだ」「目が見えないのに、どうやってラグビーを?」東大出身の異色ラガーマンが電撃就任…ブラインドラグビー日本代表監督の濃密な“159日

posted2026/11/04 11:01

 
「血が騒いだ」「目が見えないのに、どうやってラグビーを?」東大出身の異色ラガーマンが電撃就任…ブラインドラグビー日本代表監督の濃密な“159日<Number Web> photograph by JBRU2026

今年6月にブラインドラグビー日本代表ヘッドコーチに就任した村田祐造(51歳)

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山川徹

山川徹Toru Yamakawa

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ブラインドラグビーを知って、わずか1カ月。51歳となったばかりの村田祐造のもとに「日本代表の監督をやっていただけませんか」というオファーが届く。大会まで残された時間は159日。ラグビー経験者3人のチームで、何を目指したのか。〈全2回の後編〉

 159日――。それが、ブラインドラグビー日本代表の監督に就任した村田祐造に与えられた時間だった。

 今年3月、村田は知人に日本ブラインドラグビー協会会長の橋本利之を紹介される。ブラインドラグビーという言葉を聞いた村田は、率直にこう思った。

「ブラインドラグビー? 目が見えないのに、どうやってラグビーをするの?」

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 東京・駒沢オリンピック公園で開かれた交流会が終わってしばらくしたある日、橋本が東大のラグビー場を訪ねてきた。

「折り入って話があるんです」

 橋本は、子どもたちにラグビーの指導を終えた村田にそう切り出した。

「11月にブラインドラグビーの国際大会が日本で開かれるのですが、日本代表の監督をやっていただけませんか」

 突然の話に村田は戸惑った。

「ちょっと待ってください。私はブラインドラグビーについて何も知りませんよ」

 その場では答えを保留した。

 ブラインドラグビーを知ってから、まだ1カ月ほど。橋本と会うのもこれで3回目だった。

 戸惑いながらも、思いもしなかったオファーに血が騒いだ。

 村田の背中を押したのが、ラグビーを通じて培ってきた考え方だ。

【次ページ】 タグラグビーで得た成功体験

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