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ハマ街ダイアリーBACK NUMBER
「ストレスなのか蕁麻疹とか出た」DeNA退団→海外挑戦4年目の32歳で始めた“自己改革”「これまでの打撃理論やアプローチをすべて捨てる覚悟で」
text by

石塚隆Takashi Ishizuka
photograph byTomo Otosaka
posted2026/09/30 06:25
横浜DeNA退団後、米独立リーグ球団や巨人を渡り歩いている乙坂智
「みんな、ごめん……」
目を伏せ、乙坂は吐露する。
「日本の練習仲間や応援してくださっている方、そして家族に『絶対にメジャーに行く!』って啖呵を切っていたので、本当にごめんって……」
野球人生で初めての経験
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チャンスを掴むことはできなかったが、それでもこの経験は乙坂にとって有意義なものになったという。
「特にほとんど出場できなかったラストの2週間は、これまで生きてきた32年間で一番大事な時間になったんです。僕は日本にいたときは一軍ではスタメンや代打で、ファームならばほぼ毎試合出場していました。それはメキシコやベネズエラ、米独立リーグでも同様でした」
学生時代から、試合があればグラウンドに立つことが当たり前の選手だった。しかしマイナーではベンチを温める機会が多く、これほど出番を与えられないのは野球人生で初めての経験だった。
「本当にきつかったんですけど、今振り返れば、人の痛みを知ったというか、高校時代ベンチに入れなかった3年生の気持ちってこういう感じなのかなって思ったりもしたんです。試合に出たいけど、出られない選手の心情というのか。
目の前ではメジャーを目指す20代半ばの選手がバリバリやっているのを、30まわった自分がずっとベンチにいて、ハイタッチで迎えるだけなのはタフなことです。3年間もがきつづけて、4年目にようやくたどり着いた場所ですからね。本当、ボコボコにされた気分でしたよ」
苦笑した目尻に皺が浮かぶ。プライドも自尊心も生き方も否定された気分だった。しかしその初めての激しい痛みは学びであり、人生を豊かにし、深みを増すものだと乙坂は気づき、今は一番大事な経験だったと肯定することができている。マイナー経験は短期間だったが、人生をトータルで見れば掛け替えのない時間になった。
リリース後、乙坂はチームから1週間、シアトルに滞在していいと伝えられた。メジャーへの道が断たれた今、今後の身の振り方を漠然と考える日々。そんなとき乙坂の次の道を決める運命の電話が鳴った――。《第2回に続く》
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