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「これなら絶対に行ける」負傷抱えた今永1位指名の舞台裏 元GM・高田繁の弱小DeNA強化策 ドラフト会場のホテル到着後も「中畑にはまだ言わない」
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村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byJIJI PRESS
posted2026/09/08 17:54
チーム強化のため、ドラフトを重要視していた高田繁
この年は2位で三嶋一輝、3位で井納翔一と即戦力投手が獲れて、2人は翌年からすぐに結果を出してくれたよね。次の年は松井裕樹を抽選で外したあと、柿田裕太を3球団競合で引き当てた。柿田は結果は残せなかったけど、4位で獲った三上朋也が翌年抑えになった。14年は1位山﨑康晃、2位石田健大、3位倉本寿彦。山﨑は先発で獲ったんだけど、三上が離脱した抑えにハマってくれた。石田もね、4年で肩を故障して不安視されていたけど、実際に試合で投げている姿を観ていけると判断した。石田もショートの倉本も、2年目には戦力になってくれたからね。
「中畑の願いを聞いたわけじゃない」
15年から今永昇太、濵口遥大、東克樹と、3年連続で1位に左ピッチャーを獲得したけど、これは中畑の願いを聞いて左腕を意識的に取ったわけじゃない。確かに初期は左を欲しがったけど、この頃は右も左もない。たまたま、その年の一番いい評価だっただけ。マスコミに「左腕王国ですね」と言われて「人数が揃っただけ」って答えてるの? その通りや。ずっと成績が安定してないじゃない。全員が揃って投げたことなんか数えるぐらいだろ。
今永と東は大学ナンバーワンの評価がありながら単独1位で獲れた。これは本当にたまたま運がよかっただけだよ。東の場合なんて競合覚悟で見たら「おお、誰もいないぞ。やった!」だよ。
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今永の場合はケガが不安視されていたから回避した球団もあったのかもね。それがなければ何球団も競合するような選手だよ。石田も故障していたが、違ったのは今永は4年生の春のリーグ戦でも投げられなかったこと。その頃のスカウト会議ではまだ確定してなかった。秋のリーグ戦では投げたけど、本調子とは程遠い。ただ、俺は投げられたことで行けると思ったんだ。その後、東洋大との入れ替え戦で今永は第一戦に完封してね。さらに中2日の第三戦にも先発してきた。「これなら絶対に行ける」と確信したよ。
指名は極秘「危なっかしくてしょうがない」
指名に至るには、スカウトと喧々諤々何度も何度も会議をやるんだ。本当に何度も何度も重ねてね、最終的には俺と吉田と当時の球団代表の三原一晃さんの3人で決める。事前に指名宣言する球団もあるけど、うちは情報を絶対に漏らさない。3人しか知らないよ。「競合しないように」と願いながら、ドラフト会場のホテルに行く。そこでスカウト陣には今日の指名の説明をする。中畑にはまだ言わない。さぁ、みんな会場に移動するぞ。と、その時にやっと中畑に伝える。そうでもしないと危なっかしくてしょうがないよ。

