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甲子園の風BACK NUMBER
「プロにするか、美容師の道に進むか…」“甲子園優勝”智弁和歌山を「最も苦しめた男」の進路はどうなった? 公立校151キロ右腕の“決意”のワケ
text by

沢井史Fumi Sawai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/09/02 11:04
全国制覇を果たし、胴上げされる智弁和歌山の中谷仁監督。そんな強打の王者を苦しめた公立校の右腕が悩んだ「まさかの進路」とは?
「おそらく野球でうまくいかなかった時期に(美容師の)話を聞いて、心が揺れたんでしょうね。2年生になってからはどんどん注目されて、スカウトの方も見に来られるのに結果が出ない。自分が何をどうしていけばいいのか分からない。それは僕にも分からない彼のしんどさもあったと思うんです」
3年生になってからは投げることどころか、野球をこのまま続けて良いのか不安もあった。長いトンネルの中をさまよう中で、丹羽はある結論を出していた。
「プロ志望にするか、美容師の道に進むか、この夏の結果次第で決めようと思いました。この夏もダメだったら美容師を選んでいたかもしれません。でも、智弁和歌山を相手にああいうピッチングを最後に出来たことが(プロ志望の意思を固める)きっかけになりました」
「智弁和歌山が甲子園で優勝したことも…」
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さらに丹羽はこう続ける。
「智弁和歌山が甲子園で優勝したことも要因のひとつです。あれだけの打線を抑えることができたので、自分にはまだ可能性があるかもしれないと思ったんです」
8月下旬にさしかかる頃、丹羽は自ら半田監督にメッセージを送信した。
「プロ志望届を出すことに決めました」
その言葉に安堵した指揮官だったが、丹羽のここまでの歩みについてこう口にした。
「今まではうまくいっていないことの方がほとんどだったと思います。プロに行きたいからと市和歌山に来てくれたのに、それからモチベーションや調子が落ちた時期もあって。それでも、センバツでは思わぬ形で登板が巡ってきて好投したり、最後の最後で良いピッチングで高校野球を終えることができたり……丹羽は“持っている”なと。そこは丹羽らしかったのかなと思うんです」
もちろん、プロは志望するだけがゴールではない。これから身体作り等の準備やプロで生きていくための心構えなども含め、様々な覚悟を持ってこそ挑戦できる。悔しさの分だけ成長できるとはよく言うが、悔しい思いをした時が多いからこそ、高校野球で明かせずに終わった未知数な部分も多い。
果たして丹羽のその“可能性”に賭ける球団は現れるのか――。
土ぼこりが舞うグラウンドでキャッチボールに向かう右腕を、晩夏の太陽がいつまでも熱く照らし続けていた。

