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「攻略の糸口が見つからない」福島の常勝軍団・聖光学院の5連覇を阻んだ背番号「17」…“敗軍の将”が語った「あの日」の誤算
posted2026/08/29 11:01
聖光学院の5年連続夏の甲子園出場を阻んだ東日本大昌平のエース・照沼佑崇
text by

中村計Kei Nakamura
photograph by
JIJI PRESS
夏の甲子園開幕前、各地の地方大会では強豪校の敗退が相次いだ。福島でも、絶対王者・聖光学院が準決勝で東日大昌平に敗れ、まさかの敗退を喫した。これまで折に触れて聖光学院のグラウンドを訪れてきた筆者には、そこだけ世間とは別の時間が流れているように感じられるという。スタッフや選手たちが放つ覇気によって作り出された、透明なドームがグラウンド全体を包み込んでいるような独特の空気。筆者が「聖光ドーム」と呼んできたその空気は、これまでどんな困難に直面しても変わることがなかった。《全3回の2回目/第1回、第3回も公開中》
その異質と言ってもいい不変さは2020年、全世界がコロナ禍に見舞われたときもそうだった。
その年の夏、甲子園がなくなった。しかし、彼らの野球に対する熱量は少しも変わらず、福島県が開催した独自大会を制している。
やはり「聖光ドーム」の中だけは、世間とはまるで違う空気が流れているように感じられた。
「聖光イズム」を全うする
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部長の横山博英は当時、「甲子園より価値のあるものを提示してやるしかない」と語っていたものだ。
「あのとき、周りがみんな『甲子園がすべてじゃねえんだ』って言ってたでしょう。僕らもよく言ってたんです。でもね、あれは甲子園があるから言えたんです。うちらは、どこよりも気持ちであるとか、考え方を大事にしてきたという自負がある。だから、こんなときこそ、甲子園があったとき以上の気持ちで高校野球をやり切る。それしかない。今ほど指導者の力量が試されているときはないんじゃないですか。甲子園はなかったけど、聖光で3年間できてよかったって言って欲しい。でないと、僕らの負けになりますから」
彼らは勝利と同じかそれ以上に聖光イズムを全うすることを目指している。形として残るものではなく、目に見えないものを信じている。
福島出身ながら、聖光学院のそんな求道的なスタイルが苦手で、前監督の佐々木順一朗時代の仙台育英に進んだある選手がこんな話していたことがある。

