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「二度と甲子園に行けねぇんじゃないか」“歴代最高級チーム”のはずがなぜ…福島の常勝軍団・聖光学院はなぜ甲子園への切符を逃したのか
text by

中村計Kei Nakamura
photograph byAsahi Shimbun
posted2026/08/29 11:00
東日本国際大昌平に敗れ、5年連続の夏の甲子園出場を逃した福島の絶対王者・聖光学院
あまりの暑さに駅前のロータリーに立てられていたデジタルの温度表示らしきものに目が行く。一瞬、気温かと思ったが、それはすぐに放射線量計であることに思い至る。単位は「μSv/h」(マイクロシーベルト毎時)だ。
福島県内には、そうして今も駅前や学校に約3000台のリアルタイム線量計が設置されている。
2011年3月11日の東日本大震災の直後、福島第一原発が爆発した。そのとき、福島第一原発から65キロほどの距離にあるこのエリアは十数μSv/hくらいまで放射線量が跳ね上がった。
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しかし、今は0.08μSv/hだ。地球上の自然放射線量はだいたい0.03から0.1μSv/h程度なので、その中にすっぽりと収まっている。
思えば、震災の数カ月後も、私はこの地を訪れている。駅から10分ほど歩くと、そこに聖光学院の野球部のグラウンドが現れる。田畑に囲まれ、時おり背後に東北新幹線が走り抜ける。
グラウンドを覆う透明なドーム
震災当時、聖光は県内の公式戦55連勝中で、3年前の夏から一度も負けていなかった。県内無敵の状況はそのときも今も変わらない。
聖光学院は震災後、いったんチームを解散したが、3月下旬には練習を再開していた。学校周辺の放射線量はすでに落ち着いていたものの、放射性物質が溜まりやすい草むらや側溝の中は依然として高い数値が出ていた。グラウンドの土の上も、空気中とは数値が違っていたはずだ。
取材をする前、選手たちに何度となく「放射線、怖くない?」と聞くことになるのだろうなと予想していた。
ところが、結果的には一度も聞かなかった。何の躊躇もなくグラウンドに飛び込む彼らの姿を見ていたら、そんなことを聞くことすら忘れていた。
聖光のグラウンドは世間とは別の時間が流れていた。まるで聖光のスタッフや選手たちの覇気によって作り出される透明なドームがグラウンド全体を包み込んでいるようだった。
その異質と言ってもいい不変さは2020年、全世界がコロナ禍に見舞われたときもそうだった。
《続く》

