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甲子園の風BACK NUMBER
「ボールが逃げていく!」球史に残る痛恨のワンプレーを今も胸に…30年遠ざかる甲子園をめざす上宮高の挑戦「大阪“2強”に団結力で挑む」
text by

内田勝治Katsuharu Uchida
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/18 11:01
1989年センバツ決勝、上宮はあとワンアウトで優勝まで迫りながら「痛恨のプレー」で逆転サヨナラ負け。今も残るその教訓とは?
甲子園の歴史に残るシーンの教訓
実況の声がかき消されんばかりに、甲子園を歓喜と絶叫が渦巻いた。逆転サヨナラの生還を果たした高木幸雄(愛知学院大)を中心に、本塁付近で喜ぶ東邦ナインとは対照的に、2年生エースの宮田正直(元ダイエー)や元木大介(元巨人)ら上宮ナインがグラウンドに突っ伏して泣きじゃくるシーンは、今なお高校野球ファンの脳裏に深く刻まれている。
「あの決勝戦の映像は、テレビなどでもよく流れますが、我々の大きな教訓となっています」
村田監督は「凡事徹底」の大切さを説く。
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「100回あって、バックアップが実際に生きる場面はおそらく1、2回しかないでしょう。3年間で何万回とバットを振っても、最後の大会で結果が出ないこともあります。でも、その1プレー、1打席に背景があるわけで、日々の準備がある。あの試合の結果があったからこそ、やらなければいけないんだよ、と選手に言い続けています」
一見地味に見えるプレーを徹底してやり続けることが、土壇場での勝敗を分ける。先輩たちの涙を単なる悲劇で終わらせず、勝負の真理としてナインに伝承している。
“兄弟校”との関係
上宮を語る上で欠かせないのが上宮太子との関係性だ。両校が月ごとに話し合い、共有する上宮学園グラウンドと隣接する室内練習場を使い分けている。同じ敷地内で汗を流す兄弟校だが、グラウンド上の関係について村田監督の態度はすこぶる明快だ。
「いくら兄弟校といえども、同じ大阪で戦うライバルですから、一緒に練習をしたり、練習試合をやることはありません。互いに手の内は見せないですし、バチバチとした緊張感があります。もちろん指導者同士の交流はありますが、グラウンドに立てば譲れないものがあります」
過去に、上宮で元木や薮田安彦(元ロッテ、ロイヤルズ)、黒田博樹(元広島、ヤンキースなど)らを指導した山上烈元監督が1998年、上宮太子の初代監督に就任。翌1999年夏の大阪大会準決勝で激突し、1、2年生のみの「弟分」に4対7で負けた苦い記憶がある。
同じルーツを持ちながらも、グラウンドに一歩足を踏み入れれば互いに負けられないライバルとしてしのぎを削る。この独特の緊張感も、上宮の日常を支えるエネルギーとなっている。


