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父親が土下座で謝罪「なんで親が頭を下げなあかんのか」高卒ルーキー衝撃の退団、19歳天才肌のテクニシャンが川崎フロンターレを“勝手に辞めた”理由
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田中パウロ淳一Paulo Junichi Tanaka
photograph byJ.LEAGUE
posted2026/08/15 11:01
新人時代の田中パウロ淳一。わずか1年で川崎フロンターレを退団し、周囲の反対を押し切って海外挑戦の道を選んだ
親が土下座している。クラブも受け入れてくれる。ここまでくると、チームに戻る選択をするのが普通かもしれない。
でも、僕の気持ちは変わらなかった。
実は、海外移籍の話を持ってきたエージェントに、クラブが連絡を取ろうとした瞬間、完全に音信不通になっていた。頼ろうとしていた道が、いきなり消えていた。
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選手をだますようなことをする大人がいることを知った。
それでも、僕は止まらなかった。海外に行ける保証なんてどこにもない。
それどころか、サッカーを続けられるかどうかすらわからない状況だった。
それでも、自分の中で「ここに残る」という選択肢はなかった。
チームは必死に止めてくれた。
辞めるとクラブに伝えてから、その話し合いまでの期間、チームメイトもコーチも、たくさんの人が声をかけてくれた。特に、鬼木達さんは何度も寮まで来てくれた。「もう一回やろう」「ここで終わるな」と何度も言葉をかけてもらった。
それでも、自分の中には響かなかった。
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「本当にそれでいいのか?」
新横浜プリンスホテルでの話し合いでは決着がつかず、「一日考えてこい」と言われた。
でも、翌日に「辞めます」ともう一度伝えた。
やり直すと言うだろうと思っていたクラブのスタッフは、とても驚いていた様子だった。「本当にそれでいいのか?」と念を押された。
「はい」と答えた。
フロンターレを辞めるとき、一番つらかったのは、お世話になった人たちに何も言えなかったことだ。
