- #1
- #2
審判たちの甲子園BACK NUMBER
「甲子園が揺れている」2009年“伝説の決勝”審判たちが感じていた異様な雰囲気…「下を向いている子がいない」勝ち負けを超えた「終わらない夏」の終焉
text by

安藤嘉浩Yoshihiro Ando
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/08/14 06:01
2009年夏の甲子園決勝、激闘を終えた中京大中京と日本文理の選手たち。勝者にも敗者にも笑顔があった
甲子園の地鳴り「あんな経験は、後にも先にも…」
54歳の日野は4度目の決勝で、初めて球審を務めていた。二塁塁審をした2006年の決勝は延長15回引き分けとなり、再試合も含めて計24イニングもグラウンドに立ち続けた。
大会後は早稲田実(西東京)の斎藤佑樹、駒大苫小牧(南北海道)の田中将大らが参加した日本高校選抜チームのアメリカ遠征に審判員として同行している。
その際に触れた本場アメリカのベースボール、アンパイアのジャッジに感銘を受け、興味を持った。勤務先で長期休暇をとり、50歳を過ぎて大リーグの審判養成学校であるジム・エバンス審判学校で学んだ努力家、勉強家である。
ADVERTISEMENT
「とても理にかなった理論を学んだ。一方で、高校野球の審判が大切にしていることの良さも再確認することができた」
このとき、日野が大げさなほど両手を頭上で開いて「ファウル」をコールしたのも高校野球、甲子園球場だからだという。
「球場が大きいでしょ。とくに、この決勝は超満員やった。例えば、ライトスタンドの後ろにいるお客さんは何が起きているのか分からないかもしれない。だから、360度、どこからも分かりやすい、大きなジェスチャーをするよう心がけとったんです」
もちろん、第一の目的は選手に分かりやすく、はっきり伝えることだ。その上で、大観衆の中には野球を初めて観戦する人もいるだろう。プロ野球ファンに比べて観戦慣れしていない人も多い。
ジャッジはわかりやすく、大きなジェスチャーでする。高校野球の審判員に代々受け継がれてきた精神の一端がここにある。
ファウルフライで試合終了とならず、気落ちしたわけではないだろうが、中京大中京の堂林は、続く3球目を打者の吉田に当ててしまう。死球で2死一、三塁。
たまらず中京大中京ベンチが動く。堂林をライトに下げ、一塁にいた森本隼平を再びマウンドに送る。
しかし、日本文理に傾いた流れは変えられない。5番の高橋義人を四球で歩かせて2死満塁。右打席に6番投手の伊藤直輝が入る。
「伊藤!」「伊藤!」
地鳴り、地響きのようなコールが沸き起こる。
「あんな経験は、後にも先にもありません」
三塁塁審の野口は言う。
日本文理は6点差で9回2死走者なしから、本塁打が出れば同点という状況を作り上げた。
2ボールからの3球目を伊藤がとらえると、痛烈な打球が三遊間を抜けた。三塁走者に続いて二塁走者も本塁へ向かう。レフトからの返球もよかったが、滑り込んだ走者の触塁が少しだけ早かった。
「セーフ!」「セーフ!」
ここでも球審の日野は、大きなジェスチャーで、2人目の得点が成立したことを大観衆に伝えた。

