NumberPREMIER ExBACK NUMBER
「ダルビッシュに申し訳なさすぎて」東北高4番の告白“人生で初めて本塁打を狙った日”「放心状態だった。自分のミスは自分で取り返さないと…」
text by

佐井陽介Yosuke Sai
photograph byAsahi Shimbun
posted2026/08/18 06:06
試合後の両チーム整列時、ダルビッシュは白熱の投手戦を繰り広げた千葉経大付のエース松本と抱き合い、笑顔で健闘を称え合った
試合、やるらしいぞ――。そんな情報が耳に入ると、千葉経済大学付属でエースと4番の両方を任されていた松本啓二朗は控えめに勝機の拡大を感じ取った。
「相手は優勝候補です。ガチンコで戦ったらどうしても難しい。ダルビッシュくんに普段の投球をされたら1点も取れない。でも、雨の中での試合だったらワンチャンあるかもしれないと考えたのです」
東北は前年夏、下級生も多いチームで甲子園準優勝を果たしていた。'04年春のセンバツでは3年生になったダルビッシュがノーヒットノーランを達成し、世代ナンバーワン投手の呼び声を不動のモノにした。そして、夏の甲子園では大本命として東北勢初の日本一を大目標に掲げていた。
ADVERTISEMENT
一方の千葉経大付は今大会が春夏を通じて甲子園初出場。松本と父・吉啓監督の親子鷹に注目は集まっていたが、左腕エース兼4番に言わせれば「甲子園で3度目の試合ができるだけでも嬉しいチーム」に過ぎなかった。ただ、彼らはコンディション不良の試合に慣れていた。
「僕らは監督の方針もあって、とにかく練習試合を多くやる学校でした。遠出したのに簡単に中止にしてしまってはもったいないから、悪条件の中でやる試合も多かった。だから、甲子園でも雨の試合にソワソワ感はありませんでした」
試合前、メディアはダルビッシュと松本の無失点投手対決を煽っていた。ダルビッシュは2試合連続完封中。松本も1回戦から11イニング連続でゼロを並べていた。だが、松本に気負いはなかった。連続無失点が偶然の産物であることを本人が一番理解していたのである。
狙い球についてのミーティング
松本は千葉大会から状態が上がらず、リリーフ登板した甲子園1回戦でも制球難に苦しんだ。そこで2回戦の数日前、思い切って左腕の位置を数cm下げた。この“突貫工事”が功を奏して、2回戦では完封勝利を挙げていた。とはいえ、相手は全国屈指の迫力で知られる東北打線である。快投できるイメージは全く湧かなかった。

