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「江川卓さんはあのキャンプで初めて努力をしたんじゃないか」西本聖が見た江川の素顔と"ある言葉"の真意「ニシ、19勝じゃダメだ、と」
posted2026/08/07 06:04
日本中を揺るがした騒動の末に同僚となった江川を、“永遠のライバル”西本はどう見ていたのか
text by

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Kazuhito Yamada
「あんな天才はもう出てこない。江川さんに聞いてみないとわからないけど、あのキャンプで初めて努力をしたんじゃないでしょうか」
西本聖は今もそう確信している。
1979年秋、読売ジャイアンツは静岡県伊東市で約1カ月にわたる秋季キャンプを行った。通称"地獄の伊東キャンプ"。その年、5位に沈んだチームの立て直しを図る長嶋茂雄監督の指揮のもと、江川卓、西本聖、角三男、鹿取義隆ら若い投手たちが連日300球以上を投げ込んだ。
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「ブルペンキャッチャーの所憲佐さんには、『おまえら、いい加減にしてくれよ』と怒られました。みんな、100球、200球投げても終わらないから」
江川さんが終わるまで、僕は投げ続ける
ブルペンで横並びに立った江川と西本は、言葉をかわすこともなく黙々と腕を振り続けた。「江川さんが終わるまで、僕は投げ続ける。江川さんも『ニシが投げているんだから』と思っていたようです」とは西本の弁だ。
同年2月、江川の巨人入団が発表された時、西本は「一軍に自分が入れる枠がなくなってしまうかもしれない」と感じ、「ライバルは江川卓」と心に決めた。プロ通算12勝しか挙げていない時点でのことだ。
実際に接してみると、江川はキャッチボールの相手すらいない状況だった。「東京六大学の後輩の鹿取がやらないから、『俺しかいないな』と思って」と西本は振り返る。それ以来、引退まで体操もキャッチボールも常に一緒だった。「本当は僕たち、仲がよかったんです」という言葉は、一般的な彼らのイメージとはかけ離れた事実である。
ライバル関係は成績にも刻まれた。1980年以降、江川が8年連続二けた勝利で計126勝を挙げれば、西本も8年間で102勝をマーク。だが西本は言う。「シーズンの勝利数で上回ることは一度もなかった」と。
そんな西本に、江川はある言葉を送っていた。「ニシ、19勝じゃだめだ。20勝すれば世界が変わるぞ」。その言葉の意味を西本が本当に理解したのは、中日ドラゴンズへのトレード後、移籍1年目に20勝を達成した瞬間だった。
江川の言葉の真意、そして"地獄の伊東キャンプ"が生んだものの全貌は、本編記事の中でさらに詳しく語られている。
〈つづく〉
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