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野球クロスロードBACK NUMBER
祖父はあのPL学園“伝説の名将”、父も東北の強豪監督経験者でも…「なぜ他校へ?」佐野日大主将が選んだ“脱・サラブレッドの道”と「家族LINE」秘話
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田口元義Genki Taguchi
photograph by(L)BUNGEISHUNJU、(R)Sankei Shimbun
posted2026/08/06 11:02
佐野日大の主将として甲子園に出場する中村盛汰(右)。祖父はPL学園の名将・順司だが、そのPL学園で白球を追った父・猛安の想いとは?
18年の夏が終わり監督を退いた猛安は、指導者として変わらずチームを支える。しかし、息子たちには自分とは違う道を歩ませた。
盛汰が佐野日大に進む大きなきっかけとなったのは、兄・貫汰の影響があった。
中学までは怠惰な一面があった兄が、富山の新川での寮生活を通じて変わった。朝からランニングをするなど自主練習に励む姿に触れた弟は「寮生活がしたい」と、実家を離れることを望むようになったと、父は言う。
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「父親である僕が日大東北にいるのに『なんで他の高校に行くんだ』みたいに思われるかもしれないですけど、そこは息子たちの意志を尊重したというか。勉強も頑張ってもらいたかったですし、寮生活を通じて人としても成長できると思っていました」
佐野日大とPL学園の“共通点”
監督の麦倉洋一をはじめとした指導者のスタンスや野球をする環境が「合っている」と、佐野日大への進学を決めたことは正解だった。
同校のBチームは1年生にリーダーを任せ2年生が支える、独自の習慣がある。そこで下級生ながら大役を務めたのが盛汰で、キャプテンとなった今も、チームの調和や規律といった細かいところまで目が行き届くようになったのだと、猛安は感心している。
佐野日大での生活を通じ、PL学園の精神が息づいていると感じる瞬間があるのだという。
