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将棋PRESSBACK NUMBER
引退→フジテレビアナに転身、“22歳で突然引退”となった女流棋士のナゼ…じつは公表されなかった「降級点」“旧規定の実態”と新たな制度とは
posted2026/08/02 06:04
規定によって、引退となった女流棋士も多い(写真はイメージです)
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田丸昇Noboru Tamaru
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将棋の女流棋士の引退制度が今年7月に新たに施行された。旧規定は公式戦の年度成績が対象だったが、新規定は序列第1位である白玲戦の予選リーグに当たる「女流順位戦」が基準となる。新旧規定の端境期では、フリークラス降級や引退など、ケースによって明暗が生じた。女流棋士の引退制度の成り立ち、端境期に引退した2人の女流棋士の事情などについて、田丸昇九段が説明する。
女流棋士制度の黎明期
女流棋士の制度が発足したのは1974年(昭和49)10月。日本将棋連盟の役員だった大山康晴十五世名人は、「将棋もスポーツのように、男女でジャンルを分けるべきだ」とかねてから提唱していた。その趣旨に賛同した報知新聞社が女流名人位戦を創設した。私こと田丸(当時五段)は、公式戦の日程を決める連盟の手合係を務めていて、女流棋戦の立ち上げと進行に関わった。
あれから50年以上たった。現代では女流タイトル戦は8棋戦に増え、女流棋士はおよそ130人も生まれた。
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男ばかりの将棋界で当初は、女流棋士はマスコットのような存在で、将棋の普及を務めるのが主な役割だった。棋士の推薦があれば、女流棋士に無試験でなれる時代もあった。
その後、女流棋士と女流棋戦は増えていき、実力も全体的に向上した。1980年代からは、清水市代女流七段(57)、中井広恵女流六段(57)、林葉直子元女流五段(58)らの若手精鋭の活躍によって、女流棋界は活性化していった。女流棋士の人数が増えれば、実力差によって成績に高低が生じる。やがて「信賞必罰」の制度を設けることになった。
公表されなかった旧「降級点」制度
棋士の場合、順位戦のクラスや成績で棋士生命が左右される。ただ女流棋戦には根幹となるリーグ戦はなかった。
そこで導入されたのが、年度成績による順位下位の「降級点」制度。女流棋士(休場者を除く)の人数との割合で該当者数が決まり、累積3回で「引退」となる。降級点の対象は61人に6人で、4人増えるごとに1人増。勝ち越しや1級昇級などの実績を挙げれば、降級点は1回減。この降級点制度の結果は、当人には伝えられるが、該当棋士と回数は公表されなかった。だから女流棋士になって10年もたたないのに、将棋連盟による突然の引退発表というケースがよくあった。

